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汚れた桜

小学校に入学したのは、昨日のこと。
並盛小学校は桜が満開でとても綺麗だった。


ちなみに幼馴染の雲雀は年上だけど同じ学校だから、もちろん校内で会えたんだけど

「僕はいつも好きな学年さ」

とかいって、皆目何年生なのか教えてくれない。
・・・まあ、いっか。(雲雀だし)




でも、困ったことが一つ。

雲雀と話してるとこを、いじめグループの奴等にみられて目をつけられたみたいだ。

どうせ、雲雀に以前、こてんぱんに叩きのめされた連中なんだろうなあ・・・



(うん、これが初めてじゃないし)


頭の上には、大きな桜の木が花盛り。はらはらと花弁が頭の上に、散ってくる。

芝生の上にころりと転がったままの、先週、母さんに買ってもらったばかりの黒いランドセル。

黒く滑らかなその表面を、次々落ちていく桜が白く彩っていって。

風情は満点なんだけど、登場人物がどうも・・・殺伐としてていけなかった。


* * * * *




現在、人気のない体育倉庫裏で囲まれてる。両腕を細縄でぐるぐる巻き。

ちょこんと体育座りしてる俺の周りには、カッターやバットを持った上級生がぞろぞろ。


「こいつ、おびえた顔くらいみせればいいのによーっ!」

「生意気だよなあ、雲雀の野郎と同じ、なよなよした顔しやがって」

「なあなあ、もうやっちゃおうぜ」

「死ななければ、ただの喧嘩だしさあ!」

「そうだぜー」

「先公がくる前に、フクロにしちまおうよう」




こうなった理由は簡単だ。同級生の女の子が人質にされたから。

結構、フェミニストなんだよね。
(一応、元の身体は女の子だもん)

でもただの喧嘩って発想、すごいなあ。
6対1で。



「なに余裕かましてんのー?」

「・・・えっと、足りないなあと思って」

「ああん!?」




たかが6人だ。

・・まあ、あの幼馴染だったら、一人でも厄介だなあと思うけど。

相手はただの小学生で、たった6人で、たかが細い縄1本で俺を止められると思ってる。


(甘い・・ね)



縛られたまま立ち上がって、一人に頭突き。

「ぎゃああっ!」
「こいつ!」

奴らの包囲が、乱れる。
下段蹴りでもう2人を転ばせる。

桜の幹に右肩をぶつけ、肩を外す。一気に縄を抜けた。
けっこう痛い方法だけど、この際仕方ない。

転んでた奴が起き上がって、怒気をにじませて向ってくる。

周りの奴らも、てんで凶器を手にして迫る。


「やっちまえ!」

「・・・遠慮するよ」



良かった。

手が自由に使えないと大人数相手だと危ないんだ。

まだ未熟で、全力で戦うより、手加減する方が難しいから。





師匠が以前、言ってた。


(お前の手は、ひとを殺すための手じゃないんじゃよ)





じゃあ、何をするため?

そう聞いたら、師匠は「自分で見つけなきゃないかん」と笑ってた



それって、見つけるまで時間がかかるのかな。

間に合うんだろうか。
この手が・・・ほんとうに汚れる前に。


どこか情けない思いで、笑みを浮かべてそして
彼らに「凶器」をふるう。
この、両手を。


半歩踏みだした足の下で
風が舞った。






群れた虫が、僕の幼馴染を呼びだしたと聞いたから、様子をみにいった。


夕暮れの紅い日の下で
音も無く、桜はちらちらと舞い降りる。

翼は、桜の幹にもたれて座ってた。
だらんと投げ出した手足は、僕より細くて何もかも小さい。


「なんだ。・・・もう、終わったの」



桜の周囲に累々と倒れてる、たぶん上級生だろう大柄な奴等は、ぴくとも動かない。

行きがけの駄賃とばかり、足元の身体は容赦なく踏みつけていく。

すぐそばまできて、僕は異変に気がついた。


「血、でてるよ」


柔らかな前髪の真ん中のところに、わずかだけど黒ずんだ血の色の染みがあった。

僕の指摘に、うつむいてた翼が億劫そうにゆるゆると顔をあげる。


「あれ。・・頭突きしたからかな?」

「なんでそんなことしたの」

「いや、最初両腕、縛られてたから仕方なくね。結構石頭の人だったから痛かったな」

「・・・」

「まあそれからすぐ、肩外して縄抜けしたから」



その後は早かったよ、と。

翼は淡い微笑みを浮かべた。



周りの奴等を見れば、それはわかった。
きっと、30秒もかからなかっただろう。

手を封じられていない君を、ただのガキどもがどうにかできるはずない。



「・・・どうせ翼のことだから、人質とかとられたんじゃないの」

「え、すごいね雲雀!どーしてわかんの?」

「わからない方がおかしいよ」



そんな事でもなければ、君が縛られるなんてあるはずない。

見ず知らずの草食動物のために・・怪我をすることだって。


そして僕は、胸の奥底を怒りで凍らせて。
倒れたままの奴らを見渡した。
報復は必ずこの手で。


(全員、咬み殺す)



二度と、僕の幼馴染に近づかないでよ。
弱くて群れるしか能のない虫の分際で。




* * * * * *   



「ああ、せっかく綺麗だったのに、汚しちゃった。・・ごめんね」

振り仰いでの言葉は、桜への謝罪だった。

確かに、大人数で争ったここは踏み荒らされ、白く積もっていた花びらは汚れた土や草で見る陰もない。

そっと手のひらを幹に添えて、翼は
「今度は迷惑にならないとこでするよ」と続けた。



喧嘩は好きじゃないという、僕の幼馴染。

でも売られた喧嘩には、いつも真っ向から挑んでゆく、不器用な君。



「わからないな。・・・翼、喧嘩は好きじゃないっていつも言ってるのに」

きょとんと僕を見上げる、君の曇りひとつない瞳に、何故か苛立つ。



「どうして君は、逃げないの」


僕の傍にいる、それだけの理由で。
暴力とか偏見の目、陰口が翼にいくのは、初めてのことじゃなかったから。


「なんで?逃げる必要なんかないじゃん。俺、何も後ろめたくないし」

「普通の人間は、痛いめをみるくらいなら戦わないんだよ」

「雲雀、それって・・・なにげに自分が普通じゃないってカミングアウト」

「してないから」



翼は弱くない。ほんの幼い頃から武道を習って努力してるのも知ってる。

でも、君が戦うのが好きじゃないのも僕は知ってる。


本質的に戦う意味が僕とは違うんだ。
僕達の間にあるこの溝はきっと、ずっと埋まらない。

なのに・・・何故。



(どうして君は、僕から、逃げないの)



「僕と縁が切れれば、君はこんなことしなくていいのにね」






するりと滑りでてしまった言葉に、心がざわめいた。
駄目だ。
取り消せない。
もう口にしてしまった。


とっさにそらした目を、ゆっくりと戻すと。
翼は驚いたように僕を見つめていた。


「雲雀、俺と縁切りたいの?」

「・・・そうじゃ、ないけど」

「良かった。だって俺、自分のしたいようにしてるだけだもん」

「単純だね。・・変わってる」



こっそり心のどこかで安心してた。小さく溜息をついたら突然、翼が爆弾発言を落とした。


「そっかな。あんな変ないいがかりつける奴らより、雲雀のほうが好きなんだから、これって普通だよ」

「・・・・・・・・・」



なんだか今、あけっぴろげに告白みたいな言葉がきこえたけど、気のせいだよね。

気のせいだ。うん。

・・・



「まあ、間違ってはいないんじゃないの」

誤魔化すように、無難な言葉を選びながら僕は、膝をついて、手のひらで座ったままの翼の前髪をかきあげた。

傷はそんなに大きくなくて、滲んだ血も固まりかけてる。


「これ痛い?」

「うーん、あんまり痛くないかな。舐めておけば治るって」

「そう」


ついと顔を近づけて、額の傷を舌でぺろりと舐めた。
すこし鉄さびた味が舌に広がる。


「『舐めておけば』とは言ったけど、『舐めて』とは言ってないよ?」

「まずい」

「美味しいなんて言ったら、さすがにドン引きするってば。ちょ・・・くすぐったいって、雲雀、血なんか食べてもお腹はふくれないからね!」



ふざけた口調で、くすくす笑う。

僕の両手に顔を包まれても、翼には危機感の欠片もない。

僕がほんの少し本気で力をこめたら、ふわふわした丸
い頭は潰せてしまえそうなのに。



翼は、他の草食動物とは違う。
どこがかはわからないけど・・・違うんだ。


「・・どうかな」




小鳥みたいに自由で柔らかな君を、この懐にしまいこんで隠してしまえたら

僕の心は、満たされる気がするんだけど。





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