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無色透明〜後編〜
今日は、ボールがクリアに見えて気分よく打てたラッキーデーだった。

西の空が紅くなってきた頃、大きく反れたファールボールを追っかけて草むらを探していたら、部の連中の

「そろそろ上がるぞー」という声が遠くきこえてた。

(見つけたら合流すっか)

やっとボールを拾い上げた時、木立の向こうから何か人の声がしてるのに気付いた。

何気なく、近づいてみたらそこは、風紀の連中がケンカしてる風景で・・・



(あいつ、同じクラスの・・)

確か風見、って奴だ。

特に騒ぐ奴じゃなくて大人しい印象しかない。席は窓際の前から2番目だったはずだ。

眼鏡をいつもかけてるから、目が悪いんだろうな。まだオレと話したことは無い。

そいつが、風紀とケンカしてる。
タイマンだろうか。一人きりの風見に、周りを囲んだ風紀が一人ずつかかっていってるようだ。

「すげえ・・」

思わず、見惚れた。
異様な光景のはずなのに、目が離せない。手の中のボールのことも、部活のこともその時にはオレの頭からすっとんでいた。

空気が見えないなんて、ウソだ。
理屈じゃない、知識でもない、
オレは今、風が、空気が、自由自在に駆けるのを目ているんだから。


* * * * *



風見の片足が、前へと踏み込んだ。
音なんて無かった。
踏まれた草が、そこだけ、四方八方へと散り散りに切れて舞い上がる。

無色透明の、小竜巻。

無駄のない、空中を泳ぐような軽い動作で伸ばされた手のひらが、向かってくる男の顎をすくうように打ち上げた。

触れることすらできずに、背後の草むらに頭から吹っ飛ばされた男は声もなく沈む。

間をあけず、次の男が突っ込んでくる。警棒みたいなものを横から凪いでくる。

風見が、前かがみになるように体を捌いた。
また、足下から風が舞う。

そのスピードが尋常じゃなかった。
バッティングセンターで鍛えたオレの動体視力でも、風見の足捌きがどう変化したか追いきれない。

その一瞬で、男の長身は空に半円を描いて跳ね上がり、自重の勢いを殺せず地面へ叩きつけられる。


「この野郎っ!」

芸のないかけ声と共に正面から向かっていった男の拳を、顔を倒してひょいと避けた風見が、その返した掌を男の腹の上方へ。

当てたのは、一瞬だったと思う。

でも、目にして意識するその瞬間に、全てが終わっていた。

白目をむいて歪めた口から泡をふいた男が、また数メートル先へ落ちて動かなくなった。




既に、立っている風見を囲むように、数メートルの範囲には累々と十数人の男が転がっていた。

最後に残っているのは、リーゼントに何故か口に葉っぱをくわえた長身の風紀委員だ。

俺は音をたてないように、そっと近づくと、二人の会話が微かにきこえた。


「・・・凄まじい奴だな、風見」

「タイマンだから、きちんとやらせてもらってます。草壁先輩」


畏怖の思いがすけている風紀委員の声に対して、風見の言葉には緊張感に欠けている。

え、今のケンカって何かの演出か?ってオレが思っちまうくらい、あどけないっていうか・・

あ、風見の奴、ぺこりと頭まで下げてる。


(それ、なんだか変だろ!どうみても、風紀の方が負けてるし)



「皆さんのことなら、大丈夫ですよ。そのうち気が付きますし、傷も残りませんから」

「ふっ・・おかしな奴だ」


くわえてた葉っぱを、地面に落とした。羽織ったガクランを脱ぐ。

「配下をやられて、俺だけがのうのうを帰っては、委員長に顔向けできん。・・お相手願おう」


腰を落とし、正々堂々、どっしりとした構えだ。
風見は、にこりと笑ったようだった。

「喜んで」



一段と逞しい体からは想像できない速さで、その風紀委員が風見へ肉薄した。
正面から、風見も向かう。避けなかった。

突きの体勢そのままで、ぐらりと風紀委員の体が傾いだ。


・・・オレには何が起こったのか、今度こそ全然わからなかった。


もう立ってる者は、風見しかいない。
そういえばこれって、覗きをしてるんじゃないか?

・・やべ。
今さらだけど声をかけようとオレが思ったその時



「死ねよ風見イ!」

木立の影から、4人の風紀委員が風見に、襲いかかっていた。
光ってるのはナイフだ。木刀を持ってる奴までいる。一気に血の気がひいた。


(やめろ!)



咄嗟に声も出ずに、何も考えられず気が付いたらオレは、駆け出していた。

間に合うはずなかったけど、体が勝手に動いてた。
走るオレの目の前で、振り回した木刀が、風見の顔がかするのが見えた。トレードマークの眼鏡が、宙に飛ぶ。

獲物の無い奴等は、羽交い締めにしようと両脇から押さえ込もうとしていた。

他の奴が勝ち誇った笑いを貼り付けたまま、風見の腹を狙ってナイフを振った。



映画のコマ落とし。

そんな表現か、もしくは変則ドミノ倒しか。



吹っ飛んだ奴は、誰もいなかった。

一人。
崩れ落ちた。

すぐにもう一人。

そしてナイフを握った奴も。木刀の奴も。

黒いゴミ袋がぺしゃんこになるみたいに、落ちた。


先刻の怒号はぷっつりと消え失せて、静寂の中黒い壁が一枚一枚、地面に崩れていったその中心に、風見は立っていた。



夕方の冷たい風が、長めの前髪をふわり、と持ち上げた。
風見の瞳と、目が合った気が、した。



駆け寄ったオレは、動けない。
そんな目は、見たことが無かったから。





*  *  *  *  *  *



あ-------

しまった。


眼鏡、メガネ・・・って見つからない!
アレがないと、ほんとに世界はボケてみえる。
まあ至近距離までくれば人の顔くらいわかるけど。

困ったなあ〜とぼやきながら、しゃがんで手で探ってみる。でも目当てのものは見つからない。

がさり、と草を踏む音がすぐ近くでした。
大丈夫、殺気は無い。風紀じゃないみたいだ。



「すみません。ちょっとメガネ落としちゃって・・一緒に探してもらえますか?」




立ってる者は親でも使えとはよくできた言葉だ。

早速、通りすがりの人?を振り返った。
背の高いジャージ姿。運動部の人かな?

俺は、できるだけ感じよく感じよく・・と念じながらにこやかに笑って頼んでみた。


・・・


あれ、反応、無い?スルー?
(いささかハートブレークだ)


ううむ、笑顔が足りなかったか。
まだぼけてる視界の中、数歩離れた場所で、長身の彼(?)は動かない。


でも、そういえばこの前雲雀に

「眼鏡無しの君って、見えてないせいか目つき結構悪いんだよ?」

って指摘されたっけ。
「だから学校では、その眼鏡、外さないで」だって。



しまった。ころっと忘れてた。

やっぱり、久々に体を動かしたから、他の事は頭からすっぽ抜けてたみたいだ。

初対面で、しかも助けて欲しい人に、うっかりやらかしてしまった(泣)


「あの、ごめん、突然・・迷惑だった・・よね」



わたわたと腕をふって、また自力での眼鏡捜索をしようとしゃがみこんだ。

ガサガサと手当たり次第に草をかき分けるけど、やっぱり馴染みのモノは手に触れない。

もっと遠くかな、と立ち上がりかけたら、急に、腕を捕まれてた。

さっきの人だ。あれ?


「これだろ?・・・風見」


至近距離で、随分長身なその人の顔を見上げたら。
知ってる人だった。


「山本・・君?」

「あ、知ってたかオレのこと。同じクラスでもまだ、話したこと無かったな」

「う、うん。眼鏡、ありがとう」


手渡されたそれを早速かけると、普通の人には劣るけど、さっきよりはマシな視界が広がる。
弱視って不便だ。

俺は親父特製のコレがないと授業も受けられない。
・・・あれ?


「山本君。なんか、顔赤いけど・・・熱あるのか?大丈夫?」

「えっ、そうか?や・・大丈夫、ちょ、そんな見るなって!」


心配で一歩近づいたら、大袈裟なほど引かれた。

なんか珍しいなあ。

山本君といったら、野球部の人気者だからいつも豪快に笑って喋ってるとこしか教室では見たことなかったし。

今は、慌てた風で落ち着きが無い。顔の赤みもさっきより強くなったみたいだ。

口元に野球で鍛えた大きな手のひらを当てて、困ったように顔をちょっと逸らしてる。


「それより、風見ってさ・・オレ、さっきお前のケンカしてるとこ、見ちまった」

「うえ。ちょっ・・(それは有難くない)悪い、山本君。できればそれ、忘れてくれるといいな」

「中国拳法とかやってるのか?」

「(スルーされた・・)似たようなもんかな」



世間的には『寸勁』って呼ばれてるのに近いと思う。
俺の場合、理論的なことはよくわからないけど。
(理屈じゃなくて体で覚えろって教育法だったし)

寸勁は、「気」を接近している相手に打ち込む。
超訳でいうとそれだけだ。

だから俺は、相手の攻撃を避けて、近づいたところで手を当てるだけでいい。

ちゃんと俺が「見えてる」時は、せいぜい昏倒させる位に手加減もできるからとても便利な技で、大抵はこれですむ。

・・・相手が1〜2人の場合限定だけど。



「すげえなあ。風見一人で、あんな大勢をのしちまうなんて」
「大袈裟だよ」


感嘆の声は、嬉しいといよりむず痒い。

「それより、この事は他の人には」

「ああ黙ってればいいんだろ?まかしとけ!」



カンはいい人らしい。ばんと背中を叩かれて、ふらっときた。(力が余ってる人だな)
やれやれと肩を落としたら、山本に顔をのぞき込まれた。
身長差が、けっこうあるから近くだとこうしないと目が合わないせいだろう。


「で、これも何かの縁だ。風見、今日からオレとダチになってくれよな!」

爽やか全開、スポーツマンらしい山本の直球な言葉に、思わずこっちも笑顔になる。


「うん、俺でよければ」

「やったぜ!」



親指を立てて片目をつぶった山本は、やたら様になっていた。
俺は似合わないんだよな、ああいうの。(ちょっと悔しい)


そういえば、俺にとっては中学に入ってから初めての友達かもしれない。

山本みたいないい奴と出逢えて、良かった。



山本は部活動の途中だったから、また明日教室で話そうと約束してから戻っていった

それと入れ違いに、やってきたのは雲雀だった。

倒れてる委員の容態を確認してた俺の近くに、すたすたと近づいてきて開口一番、不機嫌そうに問いつめてきた。


「さっきの男、誰?」


山本が行ったグラウンドの方を見ている。言葉になんか棘があるのは気のせいだろうか。


「クラスメイトだよ。俺が大勢とケンカしてたの偶然見かけたんだって。心配してくれたんだ」

「ふうん・・」


幸いなことに、すぐ山本へは興味を失ったようだ。
(雲雀に顔を覚えられるのはこの学校では不運以外の何者でもない)

それはそうと、と雲雀は手にした赤いパッケージを見せる。

「今回は、AEDは不要だったようだね」

自動体外式除細動器。心臓が止まっちゃった時の応急処置に便利なキットだ。

さすが用意周到だな〜って、


「1回だけだろ、それのお世話になったの。いつもみたいな言い方するなよ」

「一生に一度も使わないのが普通なんだから、生意気言わないでくれる?」

柳に風と流された。



「雲雀が『群れるな』って言っておいてくれたおかげかな。タイマンがほとんどだったから、1時間もすれば自然に気が付くよ」


見た目は派手だけど、寸勁で勢いよくすっ飛ばした人達については、ダメージ的には少ない。

軽傷の彼等は離れた場所で呻きつつも、累々と転がっていた。


「・・あの4人は、何」

顎で示す先にいる、すぐ近くで昏倒してるのはさっき襲いかかってきた委員達だ。
まだナイフを握ったままの奴もいた。執念深いなあ。


「ふいをつかれた上に、運悪く眼鏡まで外れちゃったから、つい」

集団相手で、しかもよく見えなかったから、仕方なく浸透勁で攻撃してしまった。

寸勁と違って吹き飛ばない代わりに、人体内部で気が弾けるから、その痛さとダメージは比べモノにならないはずだ。

・・雲雀の言葉を守って『群れなければ』こんな怪我、しなくて良かったのに。


「内臓、ちょいやばいかも」

「じゃあ、そいつらは救急車行きだね。その前に」


彼等の傍にしゃがんだ雲雀は、その腕の「風紀」とかかれた腕章をむしり取った。
薄く笑って宣言する。



「弱くて群れる虫は、永久追放だ」


明日からの彼等は、かつての仲間から追われることになるんだろう。
心の中で、合掌した。



間もなく、雲雀が呼んだ救急車がきた。

それと一番早く目を覚ました草壁さんが応援を呼んで、残った委員を校舎へ運ばせはじめた。
全員運ぶまでは時間がかかりそうだけど、もう帰っていいかなと踵を返したら雲雀の声が追ってきた。



「君は昔から、僕とはヤッてくれないよね」


こんな弱虫達の相手はしてるのに、と小言を言いながら、まだ足下で倒れていた風紀委員を蹴る。

いくら部下でも扱いはヒドイの一言だ。



「けしかけたのは雲雀だろ?」

「自分達が、どんな相手にケンカ売ってるのか思い知らせるには一番、手っ取り早かったからね」



確かに、もう風紀委員は俺には手をださないだろう。
俺の平和な中学生活は、一応の一線で守られたといえる。
ほっと安堵した。

でも当面の問題は、目の前の猛獣だ。(兼幼馴染み)



「俺は、雲雀とはやらないよ」

「僕は、やりたいんだけど」


うっすらと笑んだ雲雀は、ひたと鋭い瞳で獲物を狙う。
っと、獲物って、もしかして俺!?


・・だよなあ。

両手にかまえたトンファーは、研がれた牙のそれだ。
実際、今までも何度か雲雀には挑発されたことがあるけど、俺は一度も、手をだしたことが無い。

理由は、あまり考えた事が無かった。
---思いつくことは一つ、あるけど。



「そうだな。もし俺が、雲雀の事を全部忘れたら・・・できるかも」

「・・・何、それ」


途端に、獣はその機嫌を急降下させた。地を這うような声で唸る。


「幼馴染みだってことも。今までの思い出も全部忘れて、真っ白になったら。・・できるかもしれない」



傷つけたくない、手をだせないというのは、俺が雲雀をよく知っている身近な存在だからだ。

だから、他人になればいい。
そんなの到底、無理だろって条件だけど。

大体こんな強烈な個性をもつ幼馴染みのことを、俺が忘れることなんてありそうにない。
と思ったら


「ありえないよ」


雲雀も、そう思ったらしい。声が呆れてる。

「はは・・自分でも、そう思った」

苦笑して頬をかく。


「そんな事、許さない」
「でも、そうしたら戦えるよ?」
「・・嬉しくない」


ガクランを靡かせて校舎へ戻る途中、背中を向けたまま雲雀は足を止めた。


「天秤にかけるものがそれって、君、僕を舐めてるよね」



友情か、闘いか。
天秤にかけるには、ちょっと種類が違いすぎるだろうか。

でも俺はやっぱり、闘いたいから闘うというのは性に合わない気がする。


俺と雲雀は、気が合う。

でも決定的に違うところも沢山ある。

それでも、ずっと幼馴染みで、友達でいたいなんて



「我が儘なのか・・?」


同じ人間、何ひとつ食い違わない人間なんて、いない。


*  *  *  *  *  *



家に帰って、シャツを脱いだらコロンと何かが手元から転げ落ちた。

フローリングに落ちたそれを拾い上げる。勾玉。

「あー・・また、紐が切れちゃったか。まあ今日は激しく動いたから」

いつも首にかけてるそれは、母さんの形見だ。
透きとおった水色で、とても綺麗なそれを大事にポケットにしまった。

いつも紐は長めにしてあるから外からは見えない。
でも丈夫さに欠けるから、今度は細いチェーンにした方がいいかもしれない。

「うっ・・」

突然、悪寒がした。
全身にそわりと鳥肌がたち、痺れる。

前兆だ。

震えがおさまるのを待ってから、おそるおそる着替え途中のシャツの胸元をつまみあげて中を覗き込んだ。


(あーあ、やっぱり戻ってる)


原因1:気の使いすぎ。身に覚えは、しっかりある。タイマンといえど数が多すぎた。

原因2:最近、ちょっと不調だった。子供の頃よりコントロールが難しくなった気がする。


      
先刻までは無かったはずの、胸の膨らみをしっかり確認して、俺は嘆息した。



風見翼。
戸籍上、男。

でも生まれつきは女の子だったりする。
先祖返りだと親は言った。風見の血筋には時々、出るのだと。
本来は「女」でも、俺は「男」にも変化できる。


「天秤で男か女か、どっちか選べれば・・簡単なのに、な」



ソファに放り投げた携帯のランプがメールの着信を知らせてたけど、ちょうどテレビをつけたから、その時は気が付かなかった。



 from:父
 Sub:明日帰る

 本文無し




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