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神籬(1)

                                                         
僕が投げたトンファーは、風見の小父さんの背後にあるコンピュータ画面に当たって酷く耳障りな音と共に、それを粉砕して床に落ちた。

小父さんの身体をすり抜けて。


、、
それが信じられないくらい精巧な立体映像であることに、初めて気づいた。

小父さんの「形」をした映像は、笑んだまま顔半分を失っていた。
知らない人間だったら、グロテスクだろうそれも、見慣れた顔のせいか滑稽なだけだ。




「雲雀くん。部屋を壊さないでくれないかな。・・・私はまだ君と話し足りないしね?」


確かに小父さんがしゃべっているように聞こえるその声も。
多分、どこか機械を通しての音声なのだ。

そういえばこの部屋に入った時、妙に人の気配というものがなかったことに今さら思い至る。



僕にしては歯がみしたい程の失態だ。

緊張していないつもりだったけれど、この異世界のような地下研究所は思った以上に精神的なプレッシャーを与えていたらしい。



「茶番はよしてよ。・・・貴方、どこにいるの。僕は貴方にききたいことがあって来ただけだよ」



言い捨てた僕の前で、しばらく沈黙していた「小父さん」は、欠けてしまった口を開いた。



「すまないね、雲雀くん。
『君』がここに来たことは、登録された情報とセンサーの反応の照合でわかっているが、あらかじめ入力した会話パターンしか、君に応えてやれない」


「・・・何を」



何を、言われているのかわからなかった。

さっき、柳という小父さんの知り合いという弁護士は確かに「ここには誰もいない」と言っていた。
でもそれなら、小父さんはどこに、いるんだ。それに、あの爆発音。




ぞっと、背筋に冷たいものが走った。

(どこに)




「今頃、翼にも私が死んだと伝えられている頃だろうね。私の友達は皆、優秀だ。
この研究所も、大切なものはもう地下へ移して古いもの私の痕跡の全てを焼き払う手はずになっているんだよ」


死んだ、と。
あっさりと小父さんの形をしたものは、語る。


まるで現実味がないのに、僕の頭も、胸も、指先さえもどんどん冷えていくきが、した。


(翼)



ここにいない、大切な君の名を、胸の奥で何度も何度も反復し繰り返すだけ。

違う。
そんなはずじゃなかった。

僕は、そんな話を貴方としにきたわけじゃない。
貴方の死なんて、そんな翼の心を壊すような事実を知るためにここに来たんじゃ



「でも君とは約束していたからね。地上の施設が焼き払われる前に君が来た時のために、このシステムを用意しておいた。
だが流石に、私が消えた後の、君の話を聞いてあげたり質問に答えたりはできないんだよ。・・・本当にすまない。

今の私にできるのは・・・そうだね、折角来てくれた君に、君が小さかった頃は真面目に答えてあげなかったことを教えてあげることくらいだ」



まるでそこに、生きているように、滑らかに「小父さん」が机の上で手を組んだ。



「翼が、風の妖精さんと友達なんだって君に教えた昔話の種明かしを・・・生まれた子に逃げられない重荷を負わせた過去の話を、遺言代わりに聞いていかないかい?
何も知らないでこれからも「生きて」いかなければならない、可哀想なあの子の代わりに」




----神籬 1-----





学校を飛び出して、闇雲に歩き出していた。
さっきから、閉じたままの鞄の中でケータイが幾度も鳴っては沈黙するのを繰り返してる。


柳さんからの連絡かもしれない。
沢田くんや、獄寺くんや、山本からのメールが来てるのかもしれない。


きっと皆に、心配かけてるんだろう。

シャマルが言ってた。
学校にも、父さんのことは連絡が入っているのだと。

でも、どうしても携帯を手にとる気分にはなれなかった。



逃げたい。

どこに?

・・・家に。



でも誰も、家にいない。そこには、いない。
父さんも、帰ってこない。

でも、雲雀は・・・・



(じゃあ卒業までといわず、すぐいなくなればいいよ)
  



「は、は・・・・ははは・・・」


歩くリズムで、乾いた笑いが、途切れ途切れに冷えた空気に千切れていく。
家に向かうはずだった足は、違う場所へと向かっていた。


誰でも、いい。
どこでも、いいから。

どこか安心できる、この身体は場所を探してる。



そういえば私は、雲雀の前でさえ、ほとんど泣いたことがなかったんだ。

・・・それが何故なのか、突然、わかった。



(壁を作ってたのは私の方だ。寂しかったのは、私のせいだ。
普通じゃない自分を隠したくて、いつも、何も・・・・話そうとしなかったから)


無意識に、幼馴染みでも頼りたくないと、私自身が心の底で思いこんでいるんだ。

頼れば、離れるのが辛くなる。
離れられなく、なると。

その顛末が、これなんだ。
私には・・・全てをさらけ出して泣ける人も、場所も無い。




当てもなく歩いていたはずが、見覚えのある四辻に来ていた。うっそうとした木立の茂み。
並盛神社の赤い鳥居が、見える。


その階段の下、鳥居に寄りかかるようにして、座りこんでる一人の男の人がいた。

旅行者だろうか。
金髪だから間違いなく外人だと思うのだけれど。



滲んできていた涙を袖で急いで拭いてから、その人に近づいた。
困ってるようだったら、助けてあげたい。



「あの・・・どうしたんですか?」


声をかけて、顔をのぞき込むと、どこかで見たような面影の人だった。
えっと・・・芸能人かモデルさんかな?雑誌かテレビで見たのかも。


うん、きっとそれで何となく見覚えがあるんだろう。
そう思ってしまうくらい、綺麗でハンサムな男の人だ。


その人は気分が悪いのか、かなり疲れてるようだ。頭を抱えたまま、俯いてる。



「あ、ああ。すまない、日本に来たのは初めてなもんだから、どうやら道に迷っちまったみたいで・・・
もう数時間もこのへんぐるぐるしてたんだが、流石に疲れちまってな」



すらすらと流暢な日本語。
初めて日本にきたのに話せるなんて、親日家なんだなあ、と嬉しくなる。



「そうなんですか。えっと・・・目的地、どこですか?俺のわかる場所なら案内できますよ」

「おう。日本人はやっぱ、親切なんだな!助かるぜ」


さらに近づいて水をむけると、ぱっと笑顔になって顔をあげた。


(うわ〜っ・・・笑ってるとさらにハンサム度がUP!)



目の保養だなあ、と。つくづく見つめてしまったのだけれど、それが悪かったんだろうか。


「実はもうへとへとなんだ。個人宅なんだけど、あんたのわかる範囲でいいから、教えてくれる・・と」

急に、言葉が途切れてその男の人は、眼を見開いた。


「どうしました?・・・目的地の住所とか、覚えてます?」

「あ、ああ。ちょと待て。その前に、あんたが着てるのって・・・『ガクセイフク』っていうジュニアハイスクールのもんだよな?」


「はい。・・それが?」

「あんた、男か?」



私が着てる真っ白のガクラン。それを指さされた言葉に、頷いた。(確かに今は、男だし)

「はい、そーですけど」




「そんな馬鹿な!!嘘だろ!?」


思わぬ大声に、かがみ込んでた姿勢のままのけぞりそうになった。

なんなんだ、この人!?
失礼な、と言いかけたその時、隙をつかれてその人の手がこっちに伸ばされて



「君は女の子のはずだ!・・って・・・・・・・・・・・え」



私の(制服の中ではサポーターの下にさらしを巻いてる)胸を、ばっちりその人の手のひらが触ってた。


二人とも硬直。
しばし時間停止。

       

声にならない悲鳴と一緒に、私は問答無用で本日二度目の寸勁を炸裂させていた。

(ごめん、たぶん一般人の人なのに)




* * * * *




「ごめんなさい!・・・・迷惑、かけちゃった」



並盛神社の山すそにある、並盛診療所の診察室で、私は謝り倒していた。
ベットの上に意識を無くしたままのびてるのは、さっき私に変態行為をかましてくれた外人の旅行者さん。

その人を診てくれて聴診器を外して振り返ったのは、並盛神社の宮司の孫で、私にとっては護身術の若師匠でもある健ちゃんだ。



「ここは診療所だ。別に迷惑じゃない。それはそうとこいつは知り合いか?」

「違うよ。知らない人」

「そうか・・・こいつは失神してるだけだ。ちゃんと手加減したんだろ。じきに眼をさますから心配ない」



健ちゃんは、私と10くらい年が離れてる昔馴染みだ。
そして、じきに大学を卒業する医者の卵だから、お父さんの診療所をたまに手伝っている。

今日はおじさんが不在で、一人で留守番をしてるところに外人さんを担いだ私が、突然泣きついてきて迷惑をかけてしまった。


「この男は身なりもいいし、所持品を覗いたらパスポートもちゃんと持ってるしな。目が覚めれば追い出すから問題ない。ただ・・・これがな」


健ちゃんは、外人さんの左手の袖をまくった。

「わっ」

と思わず声がでてしまった。だって、手のひらから肘くらいまでかなり目立つ、刺青のような模様が見えたから。



「・・・ええと。ヤクザさん、かな・・・」

もったいない。見た感じ、ヴィジュアル系でモデルでも俳優でもできそうなお兄さんなのに。



「さあな。こいつは外人だし、刺青といっても今時はファッション感覚で入れる一般人は珍しくない。
医者の立場から言わせてもらえば、健康上全く賛成できない趣味だ。でも」


健ちゃんはさらりと言い切って、元通りに丁寧に袖口を直した。

「これはおそらく刺青じゃない別の理由で・・・浮き出たものなんだろうな」



「えっ、何?・・・別のって」

「お前は気にしなくていい。さあ、もう外も暗くなってるだろう。俺に任せて帰るんだ」

「そう?・・・一応、責任感じるんだけどな」


とっさだったけど、流石に手加減は、した。
体格は細めでもがっしりしてるし、意外と鍛えてる人みたいだから技のダメージもきっとすぐ回復するんだろうけど・・・



「大丈夫だ。俺がちゃんとみている。それにこうなった顛末をきいたところでは、同情はいらないからな。
 それより、暇なら上の道場の方に顔を見せるといい。茶でも一緒に飲めばお爺も喜ぶ」


「・・うん。そうする」



健ちゃんはそう言うと、カチャカチャと器具を片付けて机で仕事の続きをはじめた。

昔から健ちゃんは必要以上のことは、あまり喋らない。
でもずっと私の成長を師匠と一緒に見守ってくれた人だから、大丈夫と言われれば安心して診療所を出ていくことができた。


だからその外人さんの名前を私が知ることは、無かった。

すぐにその人のことは、忘れてしまった。



そのときは本当に、自分のことでいっぱいいっぱいで。
周りがなにも見えてなかった。








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