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対峙するものたち(3)


オレにとって、「先生」と過ごした日々は一言でいうと「忘れられねえ思い出」ばかりだ。

数え切れない病持ちで将来真っ暗で、正直、眼もどんより淀んでたろう青臭いガキだったオレの目と心に、あの人はくっきりと焼き付いた。

ちくしょう勝てねえ、でもそれでもいいや、この人なら一生勝てなくてもいいと思った。



あの人には、名が無かった。

いや名前が多すぎて、どれが本当なのかもわからなかったのが正しい。
顔も沢山ありすぎて、どれが本物なのかわからない。


だから、年喰ってりゃ偉いなんて何様だよ親ってなんだ食いもんか?
と鼻で笑ってたようなひねくれ者が、生まれて初めての勇気を出して「・・insegnante(先生)」とあの人を呼んだとき

あの人は驚いたみたいに一瞬、眼を見開いて。
そして


「へえ・・・シャマル、お前はソレでいくのか?なかなか新鮮だ」


まだチビだったオレの頭を上から押さえ込むみたいにがしがし撫でて、何が楽しいのかぐふぐふ笑って

「けど先生とはなあ。どっちかっつーと、オレの息子みたいじゃねえか?お互い不治の病持ちだしな!」



・・・息子。
あの人の、血を継いだ人間。

オレがそうなれたら、どんなに嬉しかったろう。
絶対無理だとわかっていたけれど、先生のその言葉が無性に嬉しかった。


貴方が許すなら、世界中のどこへだってついて行っただろう。
貴方が望むなら、殺し屋からも足を洗ってまっとうな医者の道を歩んだだろう。


血の繋がりなんか、無くても。
永遠に手の届かない-------他人でも。

あの頃は貴方の背中が、オレの辿りたい道を、言葉なんかなくても導いてくれていた。



(シャマル。オレはなあ・・お前を導いてやれる程、立派な人間じゃないんだ)

(人を殺しても殺さなくても、お前はオレの息子みてえな奴だ)


願いは、ガキの手には到底届かない高みに、あったのだけれど。





------対峙するものたち(3)-------




顔から鮮血を流しながら、それでも怯まずにオレを真っ直ぐに見上げる瞳は、懐かしいものだった。
ショーコ・カザミ。その双眼は、在りし日の彼女にあまりにも似ている。


KAZAMIの力は「大人」にならないと通常、発現しないという。
いわゆる第二次性徴と重なる。男女とも性別による身体の変化が顕著になる時期にあたる。


10代になったばかりに見えるこの子供は、目覚めたばかりの雛と同じだ。
育てば、空を斬り裂く鷹になるだろう。

けれど今は、動いていない高性能エンジンと同じだ。
使うものが、使う方法を知らずただ手にしているだけ。



「オジサンは、父さんの知り合いでしょう?それとも・・・リボーンや、マフィアの関係者?」

「どっちでもいいだろ?・・・殺り合うのに、名前や肩書きなんざ必要ないさ」


警戒からか、隙のない低い姿勢でオレと対峙する。

いい構えだ。
体術はあらかた叩き込まれていると見た。

オレは、ポケットに両手を突っ込んだまま、ふんぞり返った。
これだけ挑発しても、子供は自分から攻撃しようとはしない。


(さすが世界に冠たる平和な国だ。・・・平和ボケしてやがる)



ここはナイフや銃の所持すら、厳しく規制される国だ。
子供ばかりの学舎の中では、いくら不審者といえど口先の争いから、殺し合いに発展するという想像は皆無なんだろう。


だが既に、オレのレディ達はこの懐から飛び立っていた。

広く空中で迂回しながら、子供の元へ一斉に襲いかかる。
外から聞こえる爆音の余波で、常人に羽音など聞こえはしない。


はじめまして。
そしてさよなら、だ。

人を確実に死に導く病を、お前に贈ろう。



(なあ、シャマル。・・・お前に、あれを託していいか)

(息子みてえなお前になら、頼める気がする)



先生が、オレに託したもの。
ガキの頃から護られるばかりで、あの人がオレに頼みごとなんて一度だってなかった。

そんな人から託された。
最初で・・・最期の。


望みが形になるのなら、先生の子は、オレの弟であり妹だ。

血の繋がりはなくても。
・・・もしも想いが、形になるなら。


だからこそオレは、お前が本当にオレの先生の後を継げる器なのか否かを、この手で確かめてやろう。



「なあ、小さいの。お前、KAZAMIのこともほとんど知らないんだろ。
もし、お前がここで死なずに生き延びたら、オレが教えてやるよ」


何が起こっているうのかまだ知らない子供は、オレの言葉にびっくりしたように眼を見開く。

その無防備な首筋を、この瞬間、レディ達のミクロの針が貫くだろう。
オレは、うっそりと暗い笑みを刻み口角をつり上げる。



「それができないなら、苦しむ間もなく、逝ってくれ」

あの人とショーコに似てる、お前の苦しみに、この胸が痛まない保証なんてどこにもない。




* * * * * *
                             



つんつん。

動かない。
ただのうずくまった浮浪者のおじさんのようだ。

・・・じゃなくて。




私は困り果ててた。

何故って、目の前の廊下にはぴくとも動かない男の人が一人。
その人がなんか色々喋ったあげく、やにわに膝を追ってうずくまってしまったからだ。



文字で表すとしたらこうだ。


_| ̄|○


擬音語でいえば、ガーン・・・って感じ?



「あの。どーしたんですか?
殺り合うとか、死なずに生き延びたら・・とか訳分からなかったんですけど、とりあえず顔上げてください」


私は何もしてないんだけど、あまりにも目の前の男の人が、がっくりと落ち込んだ風なので罪悪感が微妙にわいてきて困る。


言ってることは物騒で殺気も本物だったから、思わず男の姿になってしまって身構えた。

でも、1分もたたずにその人は、「あれ?」って顔をして、次に「えええ・・」って感じに青ざめて。

そしてこうだ。



_| ̄|○



あの、私、何もしてないよ?

なんだろ、はたから見たら、絶対私が大の大人を虐めてるみたいじゃないか。(不本意極まりない誤解)



「・・・シャマル」

「え」


あ、喋った。
まだ顔を上げてくれないけど。今のは名前ってことだよね。

そうか、シャマルっていうのかこの人。


(・・・ん?えっと、聞いたことがあるような名前だよね、シャマル・・・・・ああ?!)



無意識に頬を撫でると、乾きかけた血が掌にくっついてきた。
もう痛みはほとんど無い。

それよりも聞いた名に覚えがあったことに嬉しくて思わず、少しだけど血がついたままのその掌を、男の人の頭に伸ばして


「・・・おい、何してんだ」

「あ、あれ?えっと・・すみません。母さんがシャマルって人のこと、そういえば話してたなあって思い出したから」


蹲ったままのその人の頭は、しゃがんだ私より更に一つ頭低い。
だからちょうどいい高さのその髪をくしゃくしゃと撫でていてかかった低い声に、思わず言い訳をしてしまった。


私より暗い色の髪をした頭は、抗議したくせに動かない。

だから私の手もなんだかそのままになる。



「あの性悪女のこと思い出したからって、なんでオレの頭を撫でやがるんだオマエ」


「えっと・・・色々きいてたんですよ、そういえば。女好きなのに母さんとは仲が悪くて、すごく嫉妬深くて、母さんの恋敵だったのよー!とか。
あ、拳で廊下をぶっ叩かないでください!校舎を壊したら、この学校の風紀委員が飛んできますってば!」


って俺も風紀の一員ですが。と、頭をかく。

うーん、この人は父さん達の知り合いってことは決定だけど。
私のことをどの程度知ってるかが未知数だからまだ、「男」のままでいないと駄目だよね。



そういえば、草壁さんは雲雀と合流できただろうか。
グラウンドの方から聞こえる爆音みたいな喧噪は、いつのまにか一段落したのかざわめき程度になっている。



「生前の母さんが話してくれたんです」


目の前のうつむいた背中が、ぴくりと動いた。


「『シャマルはいつか、ここに来る』『シャマルはここに来たら、きっと泣いてしまうから、もし会えたら頭を撫でて慰めてあげなさい』って」




思い出すのは、まだ母さんが生きていて、三人で暮らしていた頃のこと。

いつになく、少しだけ意地悪っぽく笑った母だった。
日向の物干し竿に、真っ白に洗い上がった洗濯物を干しながら、昔、父さんと母さんがまだ結婚してなかった頃の話をしてくれた。

一人のひねくれた男の子の話と共に。


  「シャマルって、誰?母さん」

  「お父さんの息子になりたがってたから、翼の兄弟かしら。・・・むさくるしいけどね。血は全っ然つながってないし」

  「血はつながってなくても・・いいの?」

 
  「家族なら、そんなのたいしたことじゃないわねえ」





「・・・泣いてなんかいねえよ、脱力してただけだ。お前が死なないからだ、くそっ・・・この野郎」

「死ぬもなにも、あなた何もしてないじゃないですか、立ってただけで」



あ、またなんか背中が丸くなって動かなくなった。

追い打ちをかけてしまったか。(虐めが本当になってしまう)



「や、でもそう・・ですね。
まさか殺気ふりまいてた人が、いきなり泣き出すなんてエキセントリックな状況はないよ、とは思ったんですけど。それでも何となく・・・手がでてしまって」


この男の人のことを、父さんの息子(みたいなもの)で、私とは兄弟(みたいなもの)だって言っていた母さん。

母さんはもういない。
今更、あの言葉の意味なんて聞きようもない。

でももし母さんがここにいたら、シャマルさんにきっと同じことをした気がする。
理由なんて必要ないんだろう、それが家族だったら。



「あなたが泣いてなくても、脱力してるだけでも、俺はこうしたかったんです」



ゆるゆると首が振られて、シャマルが顔を上げた。

もう怖くない。
殺気は無い静かな眼、だった。


「やってられねえ。・・・ほらよ」


シャマルが差し出された小さなものを、反射的に両手で受け取ってしまった。

「なんですか・・これ?」

手の中にあるのは、堅くて四角くて滑らかな、白い箱。




「お前の親父が死んだ。これを遺してな」



手の中の箱が廊下に落ちたけれど、その音は、私の耳には届かなかった。






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