対峙するものたち(2)
踏んでる、踏んでる。
うわ、ガクランに革靴で棒を登り切ったよ!
「・・・いつも群れなんて嫌いだって言ってる癖に」
実は、群れたかったのかな。口では嫌だ嫌だと言いながら。(どんなツンデレだ)
それとも、お祭りの雰囲気に、ついついその気になっちゃっとか。
いやいや、どれも雲雀のキャラじゃないような・・・
体育祭の華って言われてる行事の、棒倒し。
何故か、そう、何故かいつも学校行事なんて参加してる風じゃない雲雀が、自ら参加表明して
(周囲の驚愕っぷりが、こんな事はあり得ないって事がダダわかりだ)
既に集まってたB,C組の男子を踏み台にして
(比喩でもなんでもなく見たまんまだ)
階段登るみたいに棒の上を駆け上がって陣取ってしまった。
「僕がやるよ」
って、登る前に応援席近くまで声が聞こえたってことは・・・大将宣言?
今回は、どういうわけだかA組対抗、B,C組連合になってしまったらしい。
圧倒的な数の連合の前に、A組の棒のてっぺんには、怯えた顔の沢田くんが必死でしがみついてる。
闇討ちだの、毒入り菓子をしこんだのと、無茶苦茶な噂はとんだけど、あの温厚な沢田くんがそんな事できるはずない。
どうせ、リボーンとかが企んで、騒ぎをおこしてるんじゃないだろうか。
あの赤ん坊ならやりかねない。
A組の集団の中には、もちろん笹川さんのお兄さんや山本、極寺くんの姿、他のクラスメイトがいる。
みんなやる気まんまんみたいだけど、雲雀相手じゃ・・・
こっそり、雲雀のほうを見上げると、爛々と眼を輝かせてるのがわかった。
まだトンファーは出してないけど、素手だからって安全じゃないのは、私も骨身にしみてる。
そりゃ、本格的なとっくみあいや喧嘩はしたことないけど。
腕を掴まれたり、喉に噛み付かれたり、背後からがっつりホールドされたりetcetc。
嫌ってほど、常人離れした幼馴染みの体力は知ってます。
「知らない」って選択肢は、私の人生に無かったです、はい。
(だめだ・・・こりゃ)
白手袋をしたまま、胸の前で合掌した。
一応体育祭は雲雀の愛する学校行事の一環だ。死者は出ないだろう。(予測)
今日の私は、他の数人の風紀委員と同様に、父兄席や応援してる生徒達の鎮圧(騒いで風紀が乱れないように?)を任されてた。
だから沢田くん達を助けることもできないんだ。ごめんっ
クラスの女子に押し通された白ランに赤のタスキの格好も、「応援団長〜!!!」なんて黄色い声援を受けても、はははと力なく愛想で笑ったり。
そろそろ・・これも疲れてきたなあ。
ほんとは、皆と一緒に走ったり、棒倒しで熱苦しく青春したかった。
仕方ないけどね!
風紀委員だし、事務長(含む会計係)だし。
外周りでもっと荒っぽく?風紀取り締まりをしてる仲間もいるんだから、こうした警備っぽい仕事を任されるのも当然だ。
(なんか・・さびしい、な)
気の進まない格好も、少し退屈な仕事も。そんなのは理由じゃない。
さっき、雲雀が去り際に言った言葉。
言われた時は、ぼーっとしてとっさに返事もできなかったけど。あれって・・
「風見、ここにいたか」
「あ、草壁さん。お疲れ様です!」
オオオオオオッ
背後からの声に、私が振り向いた時。
物凄い喧噪とときの声の中で、「並中名物」棒倒しが始まった。
------対峙するものたち(2)-------
「えっ・・・新聞部をお取り潰し!?」
「風見。・・・お前、ひょっとしなくても時代劇とか好きなのか」
「はあ。御老公と越前様は、一応録画してますね」
風見を連れた校内探索。目標は、今朝方、委員長に仰せつかった新聞部の連中だ。
早々に部室はめぼしい物を没収して閉鎖したのだが、踏み込んだ時、うかつにも数人を取り逃がしてしまった。
他の風紀委員にも、担当をあてがい探させている。
体育祭でガランとしている空き教室を、端から点検して歩いていく作業は、なにせ人手がいる。
やむなく警備にまわっていた風見の手も借りることになってしまったが悪いことをしたか。
(・・・委員長が棒倒しの大将になってるのを、不安そうに見上げてたからな)
風見は、委員長のことをいつも気遣っている。きっと、怪我をされないかと、幼馴染みを心配していたのだろう。
・・と、俺はこの時、そう微笑ましく思っていた。
それが全くの勘違いだったことは、ずっと後になって本人から聞かされたのだが。
(まさか委員長に叩きのめされそうな奴らの心配をしてたとは・・)
「やっぱり・・あの新聞、見られたんですね。雲雀に」
「まあな。だが以前からうちに睨まれていたんだ。遅かれ早かれだったろう。気にするな」
肩を落とした風見に、元気づけてやろうとわざと乱暴に背中を叩いて気合いをいれた。
つい力が入りすぎたのか、勢いあまってつんのめってゲホゲホ咳き込む風見に、思わず大丈夫かと支える。
どうも俺は、風見が女みたいに華奢なのを時々忘れてしまう。
あの委員長と、対等に話しているその存在感の大きさからか。
「それに委員長も、新聞部はお取りつ・・閉鎖させるとお決めになってすぐ、あんなゴシップのことなど忘れたと思うぞ」
「そう、ですか?でも、草壁さん。なんか今日の雲雀、変じゃないですか?」
自分から群れの中に言ったり、行事に参加なんて面倒だからしないっていつも言ってるのに大将なんて買ってでたり。
「変じゃないですか」と、呟く風見はまるで世話女房のようだ。
こいつが女だったら、委員長とは似合いだろうに、とおかしな想像までしてしまい柄にもなく笑いそうになった。
「ああ、確かに・・・・珍しく公式な場で、表に出るなどされたからな」
「そうでしょう!?朝は、そう変でもなかったんですよ?
お昼食べた時だって、普通にもぐもぐ食べてたし、ハンバーグとか好きなおかずには嬉しそうにしてたし。
でももしかして、俺が、中学でたら並盛から引っ越さなきゃならないって言ったの、よっぽど怒っちゃったのかなって今になって気がついて・・・」
「・・おい?なんだそれは」
なんだか朝は普通だったとか、お昼にハンバーグとか、冗談抜きで女房っぽい発言が無かったわけではないがその辺りはスルーしよう。
俺も委員長の口から、既に同居に至る経緯は聞いている。
それに今はそこよりも突っ込まないといけない重要な台詞があった、確実に。
「お前。そんな事は、俺も・・・初耳だぞ」
「あ、すみません。実はちょっと事情があって、うちの父に『並盛にいられるのは中学までだ』って言われてて・・
でも引っ越し予定が決まってるからって、そんな言いふらす事でもないでしょう?だから特に誰にも言わなかったんですけど。
でも、雲雀には機会をみて話しておかないとって思って・・すみません」
「いや。俺にはいいんだ。お前の気持ちはわかる。だが・・・」
口元を押さえた。なんだろう。ぞっと、寒気が背中を走った。
風見が、委員長の傍から離れる。
そう、思っただけで。
もしそうなったら、あの人はどうなるのだろう。
喧嘩嫌いで、生真面目で、委員長と反発するようでいつも隣にいてくれる風見。
のほほんと柔らかく笑っているこいつが、突然、並盛から消えてしまったら・・・
「それで、委員長は・・何か、お前に言ったのか」
「ええ」と言った風見は、少し躊躇いながら俺に、その時の会話を思い出しながら教えてくれた。
「そしたら雲雀が最後に、『じゃあ卒業までといわず、すぐいなくなればいいよ』って」
思わず俺は絶句した。
それはまずい。まずすぎる。
(その言い方は最悪ですよっ・・・委員長!そこは、風見がいかに大切な存在かを、アピールすべき場面じゃないですかっっっっ!!!)
「か、風見・・・・・」
こ、これは、フォローをすることすら、難しい。
が、俺は草壁哲也。風紀委員会の副委員長だ。
雲雀を支えるために、存在する者。
(委員長の御為には、ここで何も言わずに、風見を誤解させたままでおくなど・・・できん!)
そう。
俺はもう、風見をただの「委員長の幼馴染み」とは、思っていないのだ。
こいつがあの誰にも心を許してこなかった委員長の、「必要不可欠」だということに、気づいてしまったのだから。
「その、な・・・風見。委員長は、お前を傷つけるような事を、言ったかもしれんが・・・それは本気の言葉じゃなかったのではないか?」
言ったかも、じゃなくて間違いなく言ってる。
自分で自分に、心の中で突っ込みながらそれでも言葉を繋ごうと努力する。
「優しい言葉をかけるなど・・・不慣れな方だ。きっと、突然のことで動揺してつい、言ってしまったのだろう」
「ありがとうございます、草壁さん。かえってすみません、気遣ってもらっちゃって。
でも雲雀は正直だから、あの時の本音をぶつけてきたんだなと思うんです。だから仕方ないと思ってます」
潔く言い切った風見は、窓の外を見下ろしている。
俺が心の中で
(どうしてお前はこういう時に限って、無駄に男らしいんだ!!)と悶えてるとも知らずに、だ。
グラウンドでは、もはや棒倒しは混戦状態になっているようだ。
俺と風見が、互いに足を停めて見下ろした、その敵も味方もわからない混乱の中。
委員長はどこかつまらなそうに適当に周囲の邪魔者を薙ぎ倒していた。
たった一人で、一人だけ浮き上がった、孤高の黒。
誰も、あの人の隣には------いない。
「幼馴染みだからって、なんでも話せるかっていうと、そうでもなかったり・・・
でも、何でも話してわかって欲しいなって欲張りになったり。・・・難しいですね」
男にしては薄い肩が、今はいっそう頼りなく揺れたような、気がした。
「風見。俺は・・・いや誰だって、他の人間の考えてることなんて完全にわかるわけじゃあないがな。
お前、委員長にその事を話した時、寂しいとか感じて欲しかったか?」
「えっと・・・そうですね。結構、俺と雲雀って仲がいい・・・幼馴染み、だと思ってたし」
「じゃあ、言葉が足りないのはお前も、そうだったんじゃないか?」
風見が、驚いたように肩を跳ね上げて、外から視線を戻す。
俺は何とか腹に力を入れて、言い切った。
「お前が、親の決めた事だから仕方ないと、ただ打ち明けられただけだった事は、お前が思うよりずっと委員長にとっては水くさいと思えることだったんじゃないか。
気の置けない幼馴染みだからこそ、嫌なことは嫌だって、泣き言をいってもいいじゃないか。
親しい者同士なら、悩みごとも一人で解決せずに、相談したり頼りにしてもらいたいと、委員長はそう思ったのかもしれんぞ」
眼をみひらいて俺を見てる風見の前で、
「まあ・・俺の勘だがな」と照れ隠しに頭をかいた。
その時、凄まじい爆音がグランウンドから響き渡った。
* * * * *
広いグラウンドは、もうもうと土煙と、いまだ続く爆音がいくつも響いてくる。
視界が遮られて、どうなってるのか二階のここからは判断がつかない。
そんな混乱を目前にしても、草壁さんの行動は、とても素早かった。
走り出しながら俺に、てきぱきと指示をくれる。
「俺は外へ行く!風見、保健室に行ってくれ!」
「はいっ」
グラウンドには、まだ棒倒しの直後で乱闘状態だったはずだ。
もちろん、雲雀、山本、沢田くん達も。
草壁さんの長身が、瞬く間に階下へ消えるのに負けないように、私も走り出す。
怪我人が多いかもしれない。急がないと・・・!
保健室は、ここからなら非常階段をまわってった方が早い。カンカンカン、と狭い螺旋階段を駆け下りる。
1階の渡り廊下に入ったらあと、もう少しだ。
バン!
唐突だった。
右側の教室の扉が勢いよく開く音がした。
誰かうちの制服の人が、廊下に飛び出してきたのが視界の端に写った。でも前だけみて走ってたから、ふいをつかれて、避けられない。
(ぶつかる!?)
思わず、そちら側を振り向こうとして、でも結局ぶつかってしまって、その人と一緒に廊下に転んでしまった。
同時に顔に感じた、熱。
これって・・・!
「つっ・・・」
押さえた手のひらに、鮮血がまだらに滲む。
目の前に覆い被さるみたいになってる男子学生は、知らない顔だ。上級生かもしれない。
眼鏡をかけてて髪はぼさぼさな風体。
そして頭がおかしくなったみたいに、突然、笑い始めた。
「はっ・・・・ははははは・・!ついてるぜ!風紀でも雲雀のお気に入りをやれるとはなあ!」
男子生徒の腕が大きく、振りかぶられる。
その手に握られた大ぶりなカッターナイフが、傷の原因だと初めて悟った。
「なんだ・・・お前は!」
切られた場所を庇って、なんとか体を回避させる。
生ぬるい血が首筋をつたって流れていくのがわかる。動揺してるせいか、いつものようにうまく体が動かない。
「あはははは、何だよ、お前達風紀に潰された新聞部の部長様を知らないとはどういう事だよ、本当にむかつくなあ、風見、翼!!」
(こいつ、新聞部の・・・!)
よりにもよって、さっきまで私と草壁さんが捜索してた相手じゃないか。
顔は知らなかったとはいえ、素人相手に傷を負わされたのは、気をとられてたとはいえ悔しいとしか思えない。
お互いに廊下を転げまわりながら、奴は闇雲に私を刺そうとカッターナイフを振り上げては床に嫌な音をたてて刺しまくる。
それを、私は這いながらかわし続ける。
広い場所なら余裕で吹っ飛ばせたけれど、こんな場所じゃあ、手加減がうまくできない。
(こんだけ狭いと・・・一般人相手にやたらと大技かけるわけにも・・!)
建物の中だ。人間にもダメージだけど、建物が。
雲雀の好きな場所だ。できるなら、壊したくなんかない。
それでも、相手は所詮、体力がない人間なのは明らかだった。
刃物を振り回していては段々息が、切れてくる。もう少し耐えれば、片手でもうまく倒すことができる。
そう、頭の中で考えていた。
「おらおらおら----!」
声だけは勇ましく、新聞部が吠えて勢いの弱まった一撃を、再び振りかぶった時
「なんだ?お前。・・・邪魔なんだよ」
男の、低い声だった。
それと同時に、びくん、と新聞部の体が跳ねた。
私を見下ろしていた狂気じみた眼の光が、すっと消えて空虚な黒に代わる。
力の抜けた四肢から、カッターナイフが、廊下へ落ちた。
それは現れた茶色の大きな革靴で、無造作に蹴り飛ばされ、あっというまに私の視界から消え去る。
(誰・・・だろう?)
ぐったりと人形みたいに崩れ落ちた新聞部の向こうで、私を見下ろしてるのは、知らない男の人だった。
暗い髪の色、暗い眼の色。
父さんよりは若い感じの人だけど・・・先生にしてはだらしのない、崩したスーツ姿に無精ひげの。
その人は、まるで本物のゴミのように、動かなくなった新聞部を、足で邪魔そうに蹴って廊下の隅に押しやった。
どこか尋常じゃないその様子に、警戒心がわく。
「あの。・・・助けてくれたんですか。ありがとうございます」
口を開くきっかけは、それしか無かったから。それだけ言って、男の反応をみた。
じくじくと、先刻負った傷が痛み出す。
そっと頬を指先でなぞると、思ったより長いその線に、思わずぞっとした。
深い傷じゃない。でもやっぱり、痛い。
鉄錆びたような血の臭いが、胸の鼓動を無駄に早めていくのがわかる。
普通の人なら・・いや、校内にいるんだから父兄か先生だ、こんな目立つ怪我をした私に、大丈夫かと手くらい貸してくれるのが「普通」のはず。
でも、違った。
「はじめまして、だな。・・・KAZAMIの後継者」
正面から、その男から吹き付けてきたのは、殺意。
反射的に、後方へ精一杯飛んでいた。
体中の毛が、逆立つ気分。
・・・なに、これ。
見た目、なんの変哲もない普通の男の人に見えるのに、物凄く・・・怖い。
「誰ですか?・・・貴方は」
間違いなく、リボーンか父さんか、そっち系のお友達という気がした。
要するに裏社会。
KAZAMIの後継者、と私を呼ぶ人なんてそうに決まってる。
今までもこれからも、できるだけ無関係でいたい業界の人に違いない。
「うーん。オレの事、知りたいか?・・・いつもなら、女の子にそんなこときかれたら、無条件でメルアドまでつけて教えちゃうんだけどなあ」
洒落てるんだか、ださいんだか、かなり微妙な外人っぽいジェスチャーで肩を竦めたそいつは、にやりと唇をつりあげて笑った。
「あんたはここで『死ぬはず』だからな。 折角教えてやっても、すぐに無駄になっちまう気がするぜ?」
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