対峙するものたち(1)
---------今のお前とKAZAMIは、ボンゴレの味方か?それとも------
そう、オレがあいつに問いかけた時。
斜に構えて、暮れかけた空を振り仰いで、あいつは何でもないことのように答えた。
「そうだな。・・・ボンゴレや、お前の敵になるのは簡単だ。
例えば。俺がボンゴレ10代目を殺せば、お前はその引き金を引くのがなんぼか簡単になるだろう?」
壮絶な悪寒が、背に走った。
冗談めいた言葉。けれど、それを確実に実行できる奴が口にすればそれは。
(オレは、それを・・・止められない)
目前の人型をした「存在」は、オレを友と呼ぶのに。
オレもそいつを友だと思っているのに。
亀裂を穿つのは、こんなにも簡単だ。
「・・・オレにそう、させてえのか」
「うんにゃ。もしそうなら、10年以上前にやってるさ」
友の目が、優しげに細められる。
ただでさえ平凡な容貌の男だ。糸目になると、どこにでもいる風采のあがらない日本人の中年男に見える。
擬態。
そんな日本語があったなと、思いだす。
どこにでもいる存在。周りに溶け込む凡庸さこそ、最も効率的な変装なのだ。
事実、イタリアにいる頃のこいつは、今と全く違う派手な容姿だった。
「でもなあ、ボンゴレには二度と戻らんが、裏世界から全く無縁でもいられないってのは、KAZAMIの宿命だ。
・・・翼には何とか生きられるように、カネじゃない保険はかけてあるけどな」
「お前は。・・・どうする」
「どうって。決まってるだろ?翔子は死んだんだ、半年も前に。元々無理があったからなあ・・俺もいつまで保つかね」
「子供には何と言うつもりだ」
「おいおい。リボーン。俺も、翔子も、自分のワガママのために、あの子に面倒なモノ全部押しつけることをゼンゼン躊躇わなかった外道だぜ。
いまさら何を言えるってんだ?」
いっそ爽やかに、野郎は笑いやがった。
「なあ、リボーン。事故、病気、殺人事件・・・どれが、一番平凡だと思う?」
* * * * *
あの日から無いごともなかったように、季節は変わっていった。
秋晴れの空の下、今日は体育祭って行事らしくて、校舎の窓から見下ろすグラウンドは生徒達でいっぱいだ。
山本は流石、野球部のエースだ。
足の速さはハンパねえ、楽勝で一位だった。
でも、ツナはちっとも冴えねえ。
あのピョコピョコしたのは何だ?遊びでもマフィアのボスは真剣勝負、勝たねえと部下にシメしがつかねえぞ。
極寺はまだガキだな。将来のツナの右腕を目指してるくせに、まだ若けえせいか冷静さが足りねえ。
素材としては頭もいい身体能力も高い奴なんだが・・惜しいもんだ。
オレはたくわえたアゴヒゲを撫でた。(今日のコスプレは水戸の御老公だ)
ふと、あいつの言葉を思い出した。
(オレはどれも気にくわねえ。老衰にしとけ)
(はははっ、無茶言うな。・・・・でもなあ・・・・・ありがとうな)
「・・・最初っから最後までふざけやがって」
「うううう・・・」
背後で野太いうめき声が聞こえるが、まあ気にしないでおく。
さっきオレがのしたB組の総大将とやらだ。
でかい図体が邪魔なんで廊下にだしておいたから、いずれ通りがかった生徒が気づくだろう。
いつもなら、ツナの成長のためとはいえ無関係な生徒に痛い目をみさせるなんて大人げない事、しねえんだけどな。
手にもってた杖(レオン)を、メガホンに変化させる。
せっかくオレが八つ当たりとはいえ、動いたんだ。せいぜいツナが成長できるためにハッパかけねえとな。
昨日、知らせがあった。
それはあいつの腹心からの電話での無味乾燥な報告という形で。
あいつは結局、どれにするか勝手に決めたらしい。
少し前、風見に問いかけた答えは、あいつと真逆だった。
ならば、風見はあいつと違う道を選べるのだろうか。
己の孤独か他者の犠牲か
否が応でも、どちらかを選ばなけらばならない。
じきにあいつがたどり着くだろう、運命の岐路に。
----------対峙するものたち(1)----------
「それで。・・・これが、騒ぎの原因かい?」
「はい」
男にしては整いすぎた白い手のひらが、すっとスキャンダラスな記事を載せた紙面に伸びる。
ビリビリビリッ
容赦なく引きちぎられた「新聞」だったものは、もはやただの紙くずになって、散り散りに床へ落ちてゆく。
しんと静まりかえった廊下で、一部始終を見ていた風紀委員達は皆、息を飲んで見守るだけだ。
我々の委員長は、もともと感情を表に容易に出す方ではない。
そうした方が怒りを顕わにした事により、新聞部の命運はもう決まったも同然だった。
床に落ちた、もうゴミになった紙面を一瞥した委員長の目に、先刻迸った炎は無い。
瞬時で怒りを内に押し込めたのだ。
暗闇の底で燃え続ける炭火のように。炎は見えないからと愚か者が近づけば焼かれる。
この方に従っている者達には、それがよくわかっているから息を詰めてただ次の言葉を控えて待っていた。
「すべて処分しておいて」
「わかりました」
俺は、目を伏せて素早くその場から引いた。
すぐに周りの者達を全て引き連れて、新聞部へと向かう。
委員長の命令を執行しよう。それが風紀委員たる我々の使命だ。
「全て」。
モノも、人も、その場所も。
新聞部に関わる全てが、この並盛中にふさわしくないと。そう、委員長は決められたのだから。
がらんとした廊下にも、遠く、グラウンドからは体育祭の始まりを告げるアナウンスが聞こえてくる。
一般の生徒は、知るはずもないだろう。
こんな祭りの日の裏側でも、この学舎の中では、粛々と実行される惨劇が在るのだ。
* * * * * *
昼休みになったから、屋上へと向かう。
昼食は、翼と一緒に食べると約束をしていた。・・・ほんとは強引にそう約束させたんだけど。
だって今朝翼が「沢田くんに、一緒にお昼食べようねって誘われてるんだ」なんて嬉しそうに言うから。
間髪いれずに
「そう。・・・じゃあ僕とは食べられないってことだね」って呟いた。
そうしたら翼は、一瞬青くなったり赤くなったりそわそわして
「やっぱり雲雀と一緒に食べようっと!」
なんて言って、あっさり方向転換した。
翼は、やっぱりただの友達より僕のほうを優先させるのだと確認できて、とりあえず満足だった。
でも。
なんだろう。
まだ胸がもやもやする感じがして落ち着かない。
(どうして・・・)
階段を上りきって鉄の扉をあけた。
青空とフェンス。
それらを背景にグラウンドを見下ろしてる翼の背中が、秋になったばかりの涼しい風と共に目に飛び込んでくる。
「翼」
呼ぶと、僕の声に振り向いた君が携帯をポケットにしまいながら「雲雀」と応えて、笑った。
フェンスを背にして二人で座って、弁当を広げる。
巻き寿司と、ハンバーグ、彩りのよいおかずが並ぶ。朝から頑張って台所に立ってた翼の力作だ。
食べながら横をみる。
真っ白なガクランに、赤いタスキが、屋上に吹く風に細く長くたなびいてた。
(ああ。そういえば、クラスの女子に、応援団の格好をしてくれって頼まれたってこぼしてたっけ)
見た目は華奢で女の子のように優しげな風貌の翼だけど、そういう格好も確かに似合ってる。
その点では、女子達の目は狂ってないんだろう。
(・・・でも。だから、あんな下衆な奴にも目をつけられることになったんだよね)
ふいに、今朝目にした新聞のことを思い出して箸が止まった。
あのことについては、昨夜、翼にお仕置きめいた事をしたばかりだ。
だから、これ以上、口にするつもりはない。
あんなくだらない事、気にするだけ損だ。
だけど新聞部は放置するつもりがないから、処分を風紀委員には命じておいた。
きっと今頃は全ての部員が狩られているだろう。体育祭が終わるころには、全て片付いているはずだ。
山本武には、また機会をみて翼に近づくなと牽制はするつもりだけど。
(念のため、翼にもう一度、軽はずみに男の友達でも隙をみせたら駄目だって言うべきかな・・・)
「ねえ、雲雀」
僕がどう切り出そうかと迷っていたら、翼のほうから話しかけてきた。
「あのね。・・・さっきはお世話になってる弁護士さんと電話してたんだけど」
「・・ああ。小父さんの友達だっていう人」
そういえば、僕がここに着た時、翼は携帯を手にしてた。
その人と話してたんだ。
翼の話では、弁護士は柳という人らしい。
そして小父さんとは今、連絡がつかない状態だけど、探しているから心配しないように言われたのだと。
「まだ不安だけどね、一応、他の人にも探してもらえてるって思うとちょっと楽になったかも」
「あの人の家は、ちゃんと並盛にあるんだから。いずれ帰ってくるよ」
僕は、親を心配する翼とは違うから、ごく軽く返した。
食べ終わった弁当を包みなおして翼に手渡すと、少し元気になった顔で君は笑った。
「そうだね。・・・うん、まだ時間はあるはずだもん」
屋上にも設置されたスピーカーから、昼の休憩の終わりを知らせる放送が流れてきた。
午後の棒倒しの競技はA組対、B,C連合の対戦。
その知らせに、グラウンドで群れている奴らのざわめきが大きくなったのが、ここまで聞こえてくる。
でも。
僕はフェンスから、グラウンドを見下ろす翼の背中から目を離せずに
「・・・時間?」
「うん。父さんとはね、俺の体のこととか・・あるから、少し前から外国に行こうって話があって。
でも待ってもらったんだ。中学をでるまではここにいたいって」
なに、これ。
・・・胸元を、掴んだ。苦しい。
(そうだ。忘れていた)
そうだ。
僕が、翼の力を病院でみた時、直前の小父さんと翼の会話。
君は、僕に忘れられたら泣きそうだ、と言ってた。
あるはずもない事を言ってると。
僕はそう思ってた。
でもそれは。
翼にとっては---------もう「決まっている」未来の話だったんだ。
「そんなの、小父さんだけ行けばいいんだ」
「いや、それって本末転倒だよ、雲雀。・・色々事情があるから、やっぱりずっとここにはいられないんだって。
だから父さんには我が侭いって待ってもらったんだ」
痛い。
痛い。
我慢できないくらい、痛む。
肺に空気が入ってこない。
息が・・・できない。
「中学の間だけ・・なの」
「うん。それでも、雲雀に力がばれた時は、もうここで諦めないといけないかなって目の前が真っ暗になったんだけど・・・
ラッキーなことに、父さんが並盛をでるって言い出さなかったからセーフ!だったんだ。良かった。体育祭もでられたし、まだしばらくここにいられるよ」
君が僕をみて。
綺麗に、笑う。
「みんなや雲雀とまだ一緒にいられて。すごく、嬉しいんだ」
その後、僕はどう応えたのか記憶が曖昧だ。
気づくと薄暗い階段を、一人で降りていた。
胸はもう痛くない。
その代わりに、ひどく体が熱い。頭の芯まで沸騰しそうだ。
トンファーで鉄の手すりを強く撃つと、骨までひびく振動に、脳が痺れた。
最後の競技の棒倒しがはじまる。
そうだ、B,C組の大将は闇討ちされたそうだから、まだ決まっていない。
僕がやろう。
草食動物は、すべて咬み殺す。
沢田綱吉も山本武も極寺隼人も、全て咬み殺していけばあの妙な赤ん坊がでてくるかもしれない。
ああ、どこで歯車は狂ったんだろう。
(僕は、翼を傍におきたかった)
でもそれだけでは、満足できるはずもなかった。
それすらも危ういのだと、さらに目の前に突きつけられた。
今の僕にとって、翼はただの幼馴染みじゃなくて、恋をしていて、友達よりも肉親よりも僕だけを見て欲しいと想い始めていたのに、翼にとっては僕は昔と同じ幼馴染みのままなのだと。
当たり前かもしれない、男同士だ、恋愛対象として意識するはずもない、せいぜい友達よりも優先してくれる位だ。
それどころか僕は、ただの友達よりも分が悪い。
僕の気持ちを君に告げたら、この誰よりも近いはずの関係は、壊れるだろう。
僕の気持ちを知って欲しくて、同じように僕を想ってほしくても、その賭けに支払うには代償が重すぎる。
そして、今僕が告白しても絶対、翼は応えてくれないだろう。
君はきっとびっくりして、戸惑って、ごめんなんて謝ってほしくないのに謝って、僕から静かに離れていくんだ。そのことだけは、確信できる。
だから絶対に、言えない。
どんなに苦しくても。
山本武のように馬鹿正直な行動を、僕はできないんだ。
そのことが、こんなにも堪えるなんて。
( 君は 必ず 負けるよ )
あの日、小父さんが言った呪いの言葉が、今僕の耳元で囁いてる。
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