[携帯モード] [URL送信]
Calling(前編)



捕まえられるはずもない、夢の輪郭を手にしようと伸ばして叶わなかった。
その日の朝は、なんだか目覚めてもぼんやりしてしまってた。


相変わらずお腹は痛むままだった。

「女」ならそれは当然の身体の理だと頭ではわかってた。馴染みはないけど、今後はそれも自分の身に現実として振りかかる事として受け止めていくしかない。



・・・でも
「いや、本気で痛いんだけどこれ」



身体が、悲鳴をあげてるように、軋む。
去年初めてあった時と同じように処置はしておいたんだけど、お腹痛いし腰は痛いしだるいし頭は痛いし・・・


うーんうーんと、しばらくベットの上で我慢しようと丸くなってたけど、一向に治まらない。

諦めて起き上がった。
今日は風紀委員会でも会計の仕事があるから、学校を休むなんてできないし。



(雲雀が寝る部屋を1階にしたのは、正解だったなあ・・)

こういう時はつくづく思う。幼馴染とはいえ、異性との同居はやっぱ無謀です。



雲雀の寝床を決める時、私は2階の自室、雲雀には1階の和室をあてたんだけど、できるだけ離しておいたから、同じ家でもプライバシーは保たれてる方だ。

手洗いは別にあるし、雲雀も流石に寝てるところに無断で入ってきたことはなかった。


というか雲雀はそうしたければ寝る前に
「今日は僕と一緒に寝るよね、翼」

と正面からごり押して、結局私が根負けするのが常だから、「無断」ではないんだよね。


・・・つくづく、最強な幼馴染だ。



はあ、とため息をついて。
とんとん、と階段を降りはじめた時、なんだか違和感を、感じた。


目を、数回、ぱちぱちと瞬き、してみる。
手のひらを見つめて。

それから、寝るときは外してる眼鏡がちゃんとあるのを、確認した。




「え・・っ!?」





------Calling(前編)------





「失礼します」

応接室のドアを開けて、草壁が一礼してから入ってきた。
僕は執務机から目を上げる。


風を入れるために開けてた窓からはかすかに、近づいてる体育祭にむけた練習をしてるんだろう、騒がしい草食動物達の声がきこえてくる。
その騒音は僕にとって愉快なものじゃなかったけれど、僕の学校の大切な行事だから、その程度の事なら流す気になれた。


報告の書類を僕の前に提出した草壁が、おや、という風に横を見た。

新しい委員会室に設けた、パソコンブースの方だ。
いつもなら翼が「この合計、絶対合わないって!くそ、絶対経理に詳しい後輩育ててやるー!」と唸りながら、主に会計関係の仕事をやってくれてる場所だ。

そこには空パソコンチェアだけが、あった。



「風見は・・・今日はこないのですか?朝は、いたようですが」

「仕事は病欠させたよ。授業は休みたくないっていうから、一応学校には出てきてるけどね」



とん、と出来上がった書類を軽く揃え、草壁に無造作に渡す。
翼のいない委員会室は妙に広く思えて、そんな音さえ耳に残った。



「そうだったんですか。・・大事でないといいのですが」

委員会では、喧嘩の荒事は嫌いと言い切ってる翼だけど、その他の事務作業や教師との交渉などはとても上手い。

それまで他に適任がいなくて全て草壁に任せていたそういう雑事をこなす翼は、今ではすっかり委員会の重鎮の一人で草壁の信頼も厚いから気になるのだろう。
気遣わしげにもう一度、草壁は空の席を見た。



「朝、貧血みたいにフラフラしててね。
歯を磨いてる時も、ぼーっとして歯ブラシを落としたり、様子がおかしかったからベットにつっこもうとしたんだけど抵抗されたんだよ」


僕にしては珍しく、聞かれてもいない事を饒舌に説明してしまった。
誰でもいいから愚痴を言いたい気分だったのかもしれない。




実際、今朝の翼の様子はあからさまに変だった。

顔が赤いから「風邪なの」って額に触ったら、案の定、熱かった。
(「たいしたことないよ!」って慌てたみたいに離れられたけど)


朝、階段を降りてくる時は珍しく足下がふらふらしてて、本当に心配になった。

本人は「ちょっと寝ぼけただけだよ」なんて笑ってたけど、朝食もほとんど食べられなかったみたいだし。
気分が悪かったのは間違いないはずだ。


なのに、「学校、休みなよ」って僕が言っても、行くっていって聞かないし。

昔から、翼は優しげな顔をして意外と意志を曲げないし僕を恐がりもしない。
だから今回も、無理に学校を休ませることは諦めたんだ。

・・・悔しいけど。




それから、脱衣所の籠をのぞいて
「おっかしいな・・・父さんのパンツ、無いんだけど」なんて唸ってでた。


なに、それ。
小父さんの下着なんて心底、どうでもいいんだけど。

そんな余裕があるんなら、学校行く前に医者にでも行って欲しいのが本音だった。


ちなみに僕は、自分で洗濯だけはやってる。
料理とかは任せっきりだけど、翼の家には、乾燥機付きの全自動洗濯機があるから扱いは楽だし。
(なんか翼にやってもらうのも、微妙に抵抗あるんだよね)


翼は昨晩、寝ぼけてたけど夜中に帰ってきた小父さんの事は、うっすら覚えているらしい。
僕も会って話したよ、と仕方なしに言ったら何故か、ほっとしたみたいに笑った。



「そっか・・・よかった、父さん一言もしゃべんないから夢かと思ってた」

「夢じゃないよ。小父さん、すぐ出てったから行き先も知らないけど」

「ううん、いいよ。今までも急に出張とかで連絡とれない事、無かったわけじゃないし。困ったことがあったら相談できる弁護士さんもいるから」


その言葉に、僕は少し違和感も感じた。

小父さんは手ぶらだった。
それに夜中に突然きて、何もしないで帰ったのは変じゃないだろうか。



そして、一言だけ聞いた、小父さんの声。
はっきりとは覚えてないけど。

水の底や膜の向こうから、聞こえてくるような、おかしな響きが混ざっていた気がする。




------君が あの子のそばにいてくれて 良かったよ



貴方の為じゃないし。
本当は、翼の為ですらないのかもしれない。

僕は、僕の欲望のために、翼のそばに、いる。


その感謝めいた言葉は、特に僕の胸を打ったわけではない。
それどころか子供扱いされたような気さえした。

とにかく僕は、翼がどうしても大丈夫だと言い張るから仕方なく一緒に登校したけど、
「委員会の仕事はいいから早く帰って休むように」って約束させて、朝、別れた。



「委員長、朝は風見の家まで迎えに行かれたのですか?」


気づくと草壁が首をかしげていた。

ああ、歯磨きとか言ったからだろう。そういえば草壁にも、特に言ってなかったから無理もない。


「今、僕は翼の家で寝泊まりしてるから」


端的に事情を明かすと、ぴたりと草壁が固まった。

なに。文句でもあるの。

「翼の親に、面倒みてくれって頼まれたからね」
と、思わず言い訳めいた事を呟いて草壁を睨んでいた。



でも、よくよく見ると草壁の顔は文句とかそういう表情じゃなかった。
驚いたのは一瞬で、その後には少し笑って安堵の色を浮かべていた。



「あ、そうなのですか。それは・・・良かったです」

「・・・良かったって、何のこと」



草壁は実直で堅い性格なのは、今の地位につけた僕がよく知ってる。
僕の翼に対する気持ちだって、まさか気づいてるはずないんだけど。

眉間に皺を寄せて思わず問い直せば、機嫌を損ねたと思ったのか、慌てて言い訳をしてきた。


「いえ。ちょうど今日ご報告にきた案件の中に、新聞部についてのものがありまして」



手元の資料に改めて目を落とした。

並盛は野球部などスポーツで活躍している生徒が多いけど、文化部も数は多いしそれなりの成果をあげている部もいくつかある。

新聞部は部員もそこそこ多く、どちらかというと生徒の身近な話題で盛り上げる紙面内容で、最近人気も上がってきてたはずだ。



草壁の資料は、新しい新聞部部長についてのものだった。
転校した部長に代わって、副部長が部長になったというありふれた内容だ。けれど僕は、その中の一文に目を止めた。


「くだらないゴシップや、下世話なすっぱ抜き記事を好む、要注意人物」とある。

今までは常識のある部長の下だったので問題は起こさなかったんだろう。
確かに、今後の新聞部の取材活動に風紀的な問題がないか、目を光らせるにこした事はない。



「最近は、風見が風紀委員だということが公になって、クラスや周辺が騒がしいと聞きます。
まあ以前からあの容姿ですから、委員会活動の際には騒ぐ女子に困っていたようですし」



言われてみれば、あの赤ん坊と出会った件の後、クラスメイトの草食動物達のせいで「風紀委員」だってばれたことを、翼がかなり悔しがってたのは知ってる。

僕は全然困らないし、かえって風紀委員として遠巻きにしてくれた方が、下手に翼に近づく人間がいなくなって好都合だと思ったんだけど。
(それどころか「僕の幼なじみ」だって事が大勢にはばれなかったって聞いた時は、不満だったくらいだ)


それでも翼の顔に憧れて騒ぐ女生徒が、朝の取り締まりの時も増えるようになったのは誤算だった。

一緒に写真を撮ってとせがまれたり、こっそり撮られたりもしてるみたいだし。

翼も「俺、ああいうの苦手・・」と、げんなりしていたけど、翼の手前、容赦なくそいつらを殴ることができなかった僕のストレスも考えて欲しい。


相手するのも馬鹿らしい女でも、面白くないものは面白くないんだ。



「翼がおかしなゴシップ記事を書かれるかもしれないって事?」

「はい。新聞部は表だっては我が委員会に反抗はしていませんが・・・最近の風見は目立っていましたから。
興味本位で彼らが色々嗅ぎ回っているという情報が少し耳に入ったのです。ですが委員長とご一緒なら、家に押しかけられたりといった事もありませんね」


「来たら最後、命は無いよ」



確かに、翼は事情持ちだ。

でも学校では風紀活動での目立った外見以外、特に記事になるような行動はしてない。
プライベートでは家で僕がほとんど一緒にいるし、素人が嗅ぎ回っていたらすぐ僕が気づくだろう。



生徒へのインタビューなど、個人へ関わる活動は特別な許可が無い限り、校内で行うように規則もある。
それを破れば風紀委員が乗り出して制裁を加えるのが通例だ。

よほどの馬鹿でない限り、普通はそんな事はしない。



「安心しました。風見は一人暮らしのようだったので。親御さんはいつ戻られるのですか?」

何気なくかけられた、問いに。
僕も特に感慨もなく、答えた。


「さあね。・・・いい加減な人だからいつかわからないけど、そのうち元気に帰ってくるよ」




--------この時僕は、何も、知らなかった。



僕ですら余裕であしらう、翼の父親。
昨夜頭を撫でていった「風見の小父さん」に、僕が触れられることは

もう二度と、無いんだってことを




* * * * *




カラリと軽い音と一緒に、横開きの戸を静かに開ける。
「産休のため、先生は不在。何かあったら職員室へ」という張り紙。

それを横目で見ながら、私は誰もいない保健室の中へ、「失礼しまーす」と小声で言いながら入っていった。


最後の5限だ。
授業中だから校内は静かで、ぱたりぱたりという自分の足音は、なんだか寂しげに聞こえた。

何度か来たことがあるので、何がどこにあるかは見当がつく。
保健室の利用簿を書いてから、薬棚のあたりを探しまくる。すぐに、鎮痛剤が見つかった。



(やったー!・・・もう凄く辛くって、どうしようと思ったんだよね)


コップの水で薬をごくりと飲み込んで、ようやく人心地がついた。

私があまり辛そうに、真っ青な顔で授業を受けてて、「保健室に行ってこい」って言ってくれた国語の先生にも、感謝だ。
・・・まあ教室に戻ったら、宿題はしっかり渡されてそうだけど。



「一緒に行くぜ?」

「あ、いいよ山本。たいしたことないって」


沢田君達も心配してくれて、山本は送ってくれようとしたけど丁重にお断りした。
だって、病気じゃないし。
確かに辛いけど、たぶん明日にはほぼ回復してると思う。


とりあえず、折角だから休んでいかないと。

制服が皺にならないかなーとちょっと気になったけど、着替えなんて持ってない。
人目も無いからワイシャツの首のボタンを2個くらい外して、楽な格好でベットに横になった。

・・・携帯だけ手にもって。


確かめたけど、父さんからの着信は、やっぱり無い。
今朝、朝一番にメール送ったのに。やっぱり急に外国にでも行く用事ができたんだろうか。



(相談、したかったのに・・・)


朝から、何度もやったみたいに自分の手のひらをじっと見つめた。そして遠くの壁を見る。

眼鏡もコンタクトも、してない。
今朝目覚めた時も、そうだった。

なのに。今は


「なんで、こうクリアに見えるんだか・・・謎」


窓の外、木の葉の一枚一枚まで見える。
コンタクトをしてた時も、これほど明瞭な視野じゃなかった。

生まれて初めての、曇りが一切ない世界。すごく明るくて、綺麗で。嬉しいような・・・不安なような微妙な気持ちに、なる。


弱視で、近距離以外はほんとーに、ボーッとしか視力が無いはずの私の目は、いきなり今朝目が覚めてみたら
「普通の目ってこんなに見えるの?」と驚く位、視力が良くなっていたのだ。



お腹は痛いし、びっくりするしで私はかなり不審な行動をしてしまった。

鋭い雲雀にそれを見咎められたのは、当然というか・・・必然、だった。
でも雲雀に話したら、それこそ病院・・もとい研究所に連れてく、って言いそうで話せなかった。


「力」の事は知ってても、雲雀は私の特異な体質のことはほとんど知らないんだから。
父さんと連絡がつかない状況では、どうにも動きようがない。



(でも、風紀の仕事を休めたのは、良かった・・な。ちょっと今日はそんな元気、でない)


保健室の白い天井を薄目で見上げながらシーツにもぐりこんでいると、貧血のせいと、薬も効いてきたからだろう。

とろとろとした眠りに、次第にひかれていった。



何故。突然、見えるようになったのか。



(・・・視力が弱いのは生まれつき、だったはずなのに)



何かがおかしい。
小さかった頃の自分に、何か事故があったんだろうか?

・・・それとも、どこかで誰かが巧妙な嘘をついていた、のか・・・・



(・・・誰か、教えて)



急に与えられた眩しい視界は、それを与えられた嬉しさより、不安を呼び寄せる。
瞼を閉じて、つかの間の安らぎをくれる闇に身を投げた。




* * * * *




「      翼      」



夢の中で、呼び声が聞こえた。



身近に人の、体温を感じる。
空気に触れてる首もとに、その熱と重みを感じた。


ああ
昔、よくこんな事、あったな・・・


昼寝から起きたら、同じタオルケットにくるまった顔がすぐ隣に、あって
冬眠中のリスみたいに、体を寄せ合って丸くなってた。


今は・・・・問答無用で、意地悪に咬みみつかれる事がほとんどだけど



「雲雀・・・?」


おぼつかない声で呟いて、目を開く。
この時私は、見慣れた幼なじみの顔が、私をのぞき込んでるんだろうって、油断しまくってた。


だから
そこに山本の顔をみて、一気に目が、覚めた。


とっさに両手をついて起き上がった。
うわ、私の顔、赤いかも。それに・・・寝顔、見られた!


「えっ・・・や、山本!?ごめん、もう授業終わったの?」


窓からはオレンジ色の夕陽がさしこんで、じきに暗くなると告げている。
でも山本は部活があるんだから、こんな時間に、と思ったら



「とっくに終わったぜ。翼の様子が気になったから部活も早めに切り上げてきた」

「そ・・・っか。ありがとう。だいぶ体調、良くなったから大丈夫だよ」



「ほら」と差し出された鞄も、有り難く受け取る。

掃除当番、あったはずなんだけど。
沢田君達も一緒に、フォローしてくれたに違いない。感謝の合掌。持つべきものは、気のいい友人だ。



「なあ。・・・翼って、あの雲雀と付き合ってんのか?」


「・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


間。間。間。

え。なんか凄く場違いな、言葉が聞こえたような。・・そらみみ?



「ごめん、山本。なんて、言った?」

「突然きいて、謝るのはこっちなんだけどな。気になるから。・・・雲雀は恋人なのか?」

「こ、い、びと・・」


不幸なことに、空耳じゃ、無かったようだ。
次の瞬間、私はあわあわと両手を意味もなく、山本の前で猛然と振りまくっていた。


「ちが・・・違うって!どーしてそんな怪現象が。ありえない、明日は槍が降るよ!?」

「だって・・・お前、今、『雲雀』って言ってた。オレが、お前にキスした時」






間違いない。

明日は--------槍が降る。絶対降る。降らないはずない。



それじゃ、夢の中で名前呼んでたのも。

人の体温とか、近くに感じて、てっきりいつもの雲雀の意地悪かと勘違いしたのも・・・



真面目な顔をして、冗談にしては生々しすぎる山本の発言に、私は。
折角覚めた意識が、別の意味で真っ白になりかけた。


そっか。
失神する直前って、こんな感じかも。

・・・知りたくなかった。全力で知りたくなかった。




その次の、私の行動は「当然」というしかない。

どーして大人の雲雀の時は、それができなかったのが不思議なくらい、無意識にくりだした拳は、
それはもう見事に山本の顎にクリーンヒットしていた。








[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!