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Contratto


じきに冬がやってくるとはいえ、アドリア海を臨むこの港町は温暖だ。
執務室でも窓を開けていると、爽やかな真昼の日差しが暖かくさしこみ、閉じこもりぎみの仕事にも慰めを与えてくれた。

デスクワークなんて、面倒なものだ。
しかしファミリーを支えるためなら苦ではない。


(もう少し頑張ったら、ティータイムにするか。ロマーリオ達も町から戻ってくるしな)


まだたっぷりと積み重なった書類からまた一枚取り、ペンを持ち直した時に傍らの電話が鳴り響いた。
一瞬、緊張が走ったが静かにそれを受けた時、自然と顔がゆるんだ。



「なんだ、ひさしぶりだなあ。・・・今、日本だろ。リボーン?」

「そうだ」

「滅多にそっちからは連絡よこさないのに、どうしたんだよ」

「10年前、風見翔子と一緒に日本に渡った・・オレのダチ公のことだ」



思わず、電話を握る手に汗がにじんだ。
が、相手にそれと知られないよう努めて静かに笑んだ。





    


KAZAMI。

闇社会では、それを手にするためなら喉から手がでる人間は数え切れないだろう
「千里眼のKAZAMI」。

そう囁かれる一族の生き残りが、ボンゴレファミリーに昔、身を寄せていたと。
そんな噂が、同盟ファミリーの中では信憑性が高いものとして囁かれていた。

その女性の名が「ショーコ・カザミ」。

その人がある男と一緒に、ボンゴレを抜けてから先の消息は、誰にも知られていないはずだった。




(リボーンの知り合い、だったのか)


嘆息した。あり得ないことじゃない。
今更ながら、自分の元家庭教師の顔の広さに脱帽した。

リボーンはボンゴレの協力者なのだから、ショーコ・カザミやその連れ合いと知己になる機会はあったろう。
九代目ボスの信頼が厚いリボーンであったからこそ、かもしれないが。



「そうか。ショーコ・カザミのことは、噂でオレの耳にも入ってたけどな・・・
なんせ、あの頃はオレも子供だったからたいした事は知らないぜ。
既にボンゴレを抜けた人間の情報は、特別な事情がない限り、うちのファミリーも集めてねえしな」


リボーンが、彼らと友人関係にあったのは知らなかった。
無難に応えながら、オレはリボーンがなぜその男の話をオレにふってきたのかに疑心を持っていた。


キャバッローネはKAZAMIと何の関係もない。
・・・10年前までは、そうだった。



思案していると、「ディーノ」と
電話の向こうのリボーンが、とんでもない爆弾を投げてきた。


「オレは、今のお前が、KAZAMIに一枚噛んでるんじゃねえかって思ってる」


全く、オレの家庭教師は何年たとうが、度肝を抜くことを言ってくる。
昔は羊の着ぐるみをきせられて「狼をファミリーにしろ」とかいう無茶ぶりだったが、今度は千里眼のKAZAMI並の見通す力でも手にしたんだろうか。


(っ、やべえ・・・どこまでリークしてるんだ。情報隠しは完璧にしてきたはずだがな)



「おいおい。・・あの頃の俺は、ファミリーを継ぐ前のひよっ子だぜ。噂はきいたが、本物とは面識すら無いって」

「ガキの頃のお前はそうだろうな。だが・・先代は?あいつらから、何か取引をもちかけられたはずだ」



鋭い切りつけるような声に、自然と手に力がこもった。

流石、ただのガキだったオレを、マフィアのボスに立てるまで叩き上げた家庭教師だ。
追及にも容赦がない。
まともに答えなければ、けして納得はしてもらえないだろう。



「・・リボーン。キャバッローネファミリーのボスとして、いくらお前の質問でも、ファミリーの利害に関係する内容だと明かせないってことはわかるだろう?」

「お前の親父と、あいつで何の取引をした」

「だから、勘弁してくれって。オレも掟は破れねえ」



その約束は、10年くらい前に、親父とKAZAMIの連れあいの間で結ばれたという。
契約は、書面では残っていない。けれど破られることはないだろう。

それは両者にとって、益のあることだからだ。


キャバッローネを継いでから、親父の遺したものからオレはその契約を知った。

その時は、そりゃあ驚いた。
存在は知っていても実物を見ることすら稀なはずの「KAZAMI」と、関わりをもつことになるなんて、想像もしてなかった。


だが、父が交わしたその契約の詳細を改めて調べて、納得した。
キャバッローネの組織としても、自分の代はおろか長く将来にわたり莫大な益を約束される事は間違いない。


先代である父親が、もちかけられた話を断らなかったことにも納得した。
おそらく・・・その時、判断を委ねらたのがオレだったとしても、YESと頷いただろう。



「まあいい、お前がしゃべらねえでも、予想はつく。だが面白くねえ・・・
オレが今育ててるのは、ボンゴレ十代目になる男だぜ?なのにお前がボンゴレを差し置いて、KAZAMIをとりこむとは、とんだ誤算だ」


「ひ、ひでえ言い方・・・」



オレが口を割らないことは、リボーンも計算済みだったんだな。
じゃあ、電話してきたのは確信を持つためか。

カマをかけられただけで、さっきからオレの心臓はばっくばくだ。
しかしどこで、リボーンの耳にオレがこの件に関係してることがばれたんだ?



「情報は明かせねえって言ったろ、ディーノ」


電話ごしでも心を読めるのか!?
と思ったが、多分オレの思考回路自体、この家庭教師にはお見通しなんだ。

目の前にいるわけでもないのに、なんだこの緊迫感。
ロマーリオ、早く帰ってきてくれ。




「ひとつだけ、答えろ。後継者が男か、女か。お前は知ってるのか?」

「なんだ、そんな事か。もちろん知ってるぜ」



契約内容は、KAZAMIの後継者とオレが直接会うまで容易に漏らしてはいけない事柄だ。


時が至れがキャバッローネへ一報がくる。

その後は日本にいるというその後継者に、オレは会いにいくことになるのだから、リボーンにもその時には若干の説明をできるだろう。

そう思い直した。
だから最後の問いにも、ちょっと笑いながら気楽に応えることができた。


「顔はあいにく、預けられてた古い写真が1枚しか手元にないんだ。
だから今の様子は知らないが・・きっと、可愛いティーンの女の子に育ってるだろうな」




切れた電話を元に戻すと、再び心地よい静寂が戻ってきた。

視線をデスクの上にずらせば、書類の山の隣に置いてあるフォトフレームから、
あどけない幼子がこちらに笑顔を向けていた。この子がいずれ俺のもとへ来ると知った日から、ずっと置いてあるものだ。


先代である父を失ってからずっと一人だったオレに、再び出来る「家族」。


(・・・早く、お前に会いたいな)


オレは心の中だけで、気を許した家庭教師にも言えなかったその言葉を呟いた。


口にだせばそれは不謹慎な、一言だ。
それは、お前が独りになってしまう日だ。昔、俺が父を失ってしまったように。


だけどオレがすぐに迎えにいく。
そうしたらもう、お前は独りになんかじゃない。


お前と会えたその日、俺達ふたりの孤独は、終わるだろう。





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