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獣の恋-前編



オレは、いつも通り、山本や獄寺くんと屋上でのんびりお弁当を広げてた。

最近オレ達とよくつるんでる風見君は、今日は一緒じゃなかった。
担任に用事を頼まれたとかで、教室で大急ぎで(3分くらい?)でお弁当を食べてすっとんで行ってしまったんだ。

穏やかで優しい風見君は、先生うけもいいから、クラス委員じゃないのに結構雑用も頼まれてしまうらしい。
大変だなあ。


だべってたオレ達のところに、リボーンがこれまたいつも通りいきなりやってきたのはそんな昼の時だった。
(だから・・学校にくるなって言ってるだろ!!)



「ファミリーのアジトを作るぞ」


なんて提案したリボーンは言いたいことだけ言ってとっとと消えてしまった。
そしてオレは、ノリノリの獄寺くんと、「楽しそうだよな〜」と、
やっぱりマフィアごっこだと思ってる山本にはさまれて、放課後はアジト作りに行くことになった。


(はあ〜・・・すぐリボーンはオレをマフィア関係にひきずりこむからなあ・・・嫌な予感がするんだけど)


リボーンのお勧めだという応接室にむかう途中も、なんだか浮かない気分なのはオレだけみたいで、山本と獄寺くんは元気そのものだ。




「そういえば、小僧が『応接室には、風見がさきに行ってるかもしれないぞ』とか言ってたな」

「そっか。・・・十代目、そういえばリボーンさんはまだ、風見のこと勧誘してませんよね。そのへんのこと、聞いてます?」

「さ、さあ。聞いてないけど」



あ、まただ。また何か、引っかかったような気持ちがする。

(そうだ。どうして気付かなかったんだろう。・・・風見君は、特殊な力みたいなのを持ってる人じゃないか。
どうして『ボンゴレに勧誘するぞ』って言い出さないんだ?)



「オレ、その・・・風見だったら、そんなに嫌じゃないっすよ」

「・・・獄寺。ワリぃけど、翼は譲らないぜ」


「ば、山本、誰もお前の意見なんか聞いてねえよ!
オレはな、ファミリーには風見みてえな参謀タイプの人間が一人くらいいてもいいかなって、・・・そういう意味で言ってんだよ!」


「ちょ、こんなとこで、やめようよ、二人とも・・」



わいわいと騒ぎながら、「応接室」とプレートのかかった部屋の前にきて。

山本が「へー、こんないい部屋があるとはね」と期待いっぱいで開けたその扉の向こうに、あんな修羅が待ち構えていたなんて。


その時のオレ達は、予想もしていなかったんだ。




* * * * *




楽しかった夏休みは、あっという間に終わってしまった。

9月にはいって、何事もなく始まった授業や、風紀委員会の活動。
それらは難なくこなせてるんだけど、この夏に起こった、いろいろな思い出は、少なからず私に影響を落としていた。




「翼。今日から風紀委員の部屋は、応接室だから。間違えないでね」

「うん。わかってる」


朝、いつも通りに雲雀と、普通に会話して。
いつも通りに学校にきて、いったん別れたんだけど。



(私、普通に雲雀と・・・話せてる、よね?)


問題はそれなんだ。

ただでさえ、雲雀とはその、夏祭りで女装してるとこ見られたり、あまつさえ胸を見られる寸前って格好で押し倒されたりと気まずくなる要素が満載だった。
その上、とどめのようにアレだ。


(えーと、10年後の雲雀はそう、今の雲雀とは別人なんだ。別人別人別人・・・)


呪文のように、繰り返す。
暗示だ暗示。


たかがキス、されどキス。

未来にとばされて、よりにもよって幼馴染にファーストキスを奪われた私は、
いまだにショックみたいなのを引きずっていて、雲雀の顔をみると思いだしてしまう。

そのたび顔に熱が集まるような気がして、眼をそらしたり、今まで意識してなかった雲雀との距離に敏感になってしまっていた。



(まあ確かに、今まで雲雀って異性って感じじゃなかったから。・・・男同士の幼馴染なのに、私たちって結構べたべたくっつきすぎだったよね)



うん、そのへんも反省したいと思った。

だから毎日の生活でも、少しだけ雲雀と距離をもつように意識しはじめた。
私のそんな小さな努力が、雲雀の10年後の健全な育成に役立つ・・かもしれないし。

(少なくとも、交際もしてない相手にキスを仕掛けるような男には成長して欲しくない切実に!)



放課後になると、委員会の準備のために、私は保健室に向う。
委員会活動の時は、白のガクランに着替える必要があるからだ。

1階の突き当りにあるそこは、グラウンドの部活動はよく見られる場所だけど、大概静かで人気が無かった。


人目につきたくない私のために、雲雀は保健室の隣の準備室を、着替えのための部屋に確保してくれていた。
専用の手洗いまでついてるそこは、実際には「女」だってことを一番に隠したい事情からもありがたい。




誰もいない部屋で、ガクランに着替えながら、私はもう一つの悩みをかかえて嘆息していた。
自然とくせになっているように、手が胸元にいくけど、そこには何も無い。

雲雀からもらったチェーンは、大切に自分の部屋に保管してある。
でもそこにいつも下がっていた形見の勾玉は消えてしまったままだった。



(どこで落としてしまったんだろう。・・・全然、わかんないなんて)


あの日、買い物にいったルートはもう一度まわってみたし、沢田くんの家の前も念のためみたし、公園のそばも草むらまでのぞいてみた。

でも、母さんの形見の勾玉は、見つからなかった。

不幸中の幸いは、雲雀からもらったチェーンが無事だったことだろう。
もしあれごと失くしてたら、雲雀にどう謝ったらいいか困りはてたに違いない。



形見をなくしてしまったと、父さんにも一応電話では話した。
だって、あれはたった一つ母さんが私に遺してくれた大切なものだ。父さんにとっても、失いたくないものに違いないんだ。

でも、気落ちして電話した私を、いつも通り軽く父さんはいなしてのけた。



「そそっかしいな〜お前」

「・・認めるよ、潔く」

「お、殊勝だな。まあ・・あれだ、あまり落ち込むな。翔子だって、ものを無くしたくらいで怒りゃしないって」

「そう、かな・・」

「ああ。そのうち予想外の場所から、ひょっこり見つかるかもしれないからな。気にするな」

「なんで父さんって・・・そんなに楽観的なの?」



時々思ってた疑問が、ぽろりとこぼれた。すると父さんは電話の向こうで「そうだなあ」と呟いて



「俺みたいに長く生きているとな。・・・無くしちまって本当に痛いと思うのは、形がない、見えないもんばかりだとわかってくるからだ」



だから、あまり落ち込むなという父さんの言葉に、ただ頷いた。
うーん、なんかちょっとイイ話っぽいのを聞いたなあ。(父さんのくせに)


(でも「長く生きて」って・・・父さんたら、歳なんて40ちょっとのくせに悟りすぎだよ・・・!)

と思ってたのは内緒だ。


それから、リボーンに女だってこともばれちゃったと伝えたけど、やっぱり父さんは驚かなくて。

「そうか、まああいつには隠しとおすのは難しいと思ってたよ」と笑っただけだった。



「父さんってさあ・・あんなやばい人と友達なんて、どこで知り合ったのさ」

「ははは。まあ色々あったのさ。機会があれば教えてやるよ」

ちなみに、父さんの約束はあてにならない。(経験上)
期待しないでいつか、教えてくれることを、私は待ってるしかないんだ。





無事ガクランに着替え終ったからドアを開けかけて。咄嗟に、再び部屋へ戻った。

いつもなら、誰もいない校舎の端の廊下なのに、5〜6人の女生徒がいた。
小さく聞こえてくるのは、楽しそうなおしゃべりだから、俺のことは気づかれてない。・・でも目立つから、このまま出るのはちょっと。
(一人くらいなら、急いで前を通ってしまえばいいんだけど)


(あ、危なかった〜!・・・しかたないなあ、ちょっと待とうか)


壁の時計を見上げたら、そんなに時間は経ってない。
雲雀は先に、新しい委員会室に行ってるだろうけど、別に急用があるわけじゃないから、少し遅れても困ることはない。
(どこに寄り道してたの、なんて追及されることはあるけどね)


壁に寄り掛かって、廊下から彼女達の気配が消えるのを待つことにした。
帰宅途中みたいだから、10分もしないうちに、帰ってくれるだろう。



                 
* * * * *
                                          



重厚なソファとテーブル、落ち着いた色調の室内。
観葉植物はあるけど、あまり趣味じゃないから他のものに代えさせてもいい。

僕は新しい風紀委員会室を眺めながら、手持ちぶたさで翼を待っていた。


(僕の机は窓の近くに置くけど・・そうすると、パソコンは手前かな)


座ってる僕からは、ちゃんと翼の様子が確認できて、でも翼の正面じゃない位置関係がいい。

そこまで考えて、ふと色々なことを「翼」と関係づけて考えてる自分に気づいて自嘲した。
・・・もう、いまさらだけど。


自分の気持ちに気づいてしまったのは、夏休みのこと。
まだ僕は、その感情に慣れなかった。当たり前かもしれない。・・初恋、なんだから。


その言葉を心に思い浮かべただけで、胸が苦しくなる。

僕を拘束するようなそれが嫌じゃないわけじゃない。
それが人間だったら、容赦なく叩きのめしてる。でもこれは僕自身の感情だから、仕方ない。

苦しさは同時に、酷い甘さを伴って。・・・感じたことのない、熱が身体のあちこちに灯る。



(翼・・・来ないな)


開かないドアをむっと見つめてしまう。
少し離れてるだけで、不安になる自分に気づいたのも、最近のことだ。


毎日、同じ家で起きて、食事して、夜はおやすみと言って眠るそんなすぐ傍に君を感じる生活をしてるのに。
僕にはまだ--------君が、足りない。



(夏休みの終わり頃から、翼の様子がちょっと変だけど・・何かあったのか)


それが、僕の気持ちを悟られた、という事なら大変なことだ。
でもそんなはずない。

知られないように気をつけているし、いつも通り「幼馴染」の範疇を超えないで行動してる自信もある。



ソファの背もたれに立ったまま寄り掛かって思案する。

翼の変化は、僕みたいによく翼を見てる人間しかわからない程、小さい。

でも、例えば、以前より僕との間に距離を置くようになったのがわかる。
それはほんの少しの変化だけど、自分から僕の背中にくっついてふざけたりもしなくなった。


手と手が触れる事も、滅多にない。
話してる時も、目があってもごく自然な感じですいと視線を外す。

よそよそしくはないけど、遠慮してる風にも見える。
それか、逃げてる・・ような。



思考の行き先は、一人でいるとどんどん暗い方へ迷い込むような気にさせていた。

でもそれは、突然空いたドアの音で断絶した。




「へえ〜こんないい部屋があるとはねー」



その時、僕の機嫌は既に相当底辺に達していた。

だからドアを開けたのが翼ではなく、知らない草食動物達だとわかった時は、自然と笑みさえ浮かんだんだ。



「君、誰?」


形ばかりに誰何しつつ、もうすべきことは決まっていた。


(ここは、君達のような生き物は入っちゃ駄目なんだよ)



ここは、風紀の牙城。
僕と翼がこれから築いていく、強いモノだけが存在できる場所なんだ。

弱いだけの動物の群れは、イラナイ。



群れは、男ばかり三匹だった。

僕の言葉に固まってしまった、背の高い男の後ろから銀髪で、派手なアクセサリーをつけた咥え煙草の男が睨んでくる。
「獄寺」と呼ばれていたからその男の名だろう。


「風紀委員長の前では、タバコ消してくれる?・・・まあ、どちらにせよただでは帰さないけど」


そうだ。
翼は優しすぎるから、君がくる前に片づけないといけない。
グチャグチャにして、さっさと救急車に乗せてしまうのが最善だね。



「んだとてめーっ!」


血の気が多そうな銀髪の男が、身を乗り出してくる。
ああ、その汚い言葉遣いも風紀を乱してる。

教育しても品性までは学べないだろうから、並盛から出て行ってくれる?



「消せ」


言うと同時に、トンファーの一閃。
嘘を突かれた男は、切り飛ばされた煙草の先端に一瞬呆然としてから、警戒するように声をあげ後ろへ下がった。身のこなしは、悪くない。


(ふうん。・・・素人じゃあないのかな)



青ざめてる男たちの顔を、高揚してきた気分と共に眺めた。
ただの群れよりは、咬み殺しがいがあっていい。


「僕は弱くて群れる草食動物が嫌いだ。視界に入ると、咬み殺したくなる」



僕の声は、優しいといっていいくらいだ。
全力をだすはずもない、獲物に声を荒げる必要なんか無いからね。

でもだからこそ、馬鹿な草食動物は気づかなかったんだろう。後ろにいた背の低い男が無防備に、奴等の影から部屋に入ってきた。



「まて、ツナ!」


背の高い男が、必至の形相でのんきな草食動物を止めたけど


(もう、遅いよ)



「一匹」

小柄で無防備な男は、トンファーの一撃で顔をもろに横殴りされて壁際へ吹っ飛んでいった。
大袈裟な音で激突して、床にへたりこむ。



「のやろぉ!ぶっ殺す!」

激昂した獄寺という男が、何か爆発物らしいものを抱えて突っ込んでくるけど、そんな動きを見切るのは、いつも翼の人間離れした素早さに慣れた僕には容易い。


「二匹」

先刻の彼よりは、やや強めに殴打した。
校内に危険物を持ち込んだ指導の一環だ。



その頃になってやっと、呆然としていた背の高い男の目に闘志が灯った。

「てめえ・・・!」


なるほど。普段温厚で、仲間がやられるとキレるタイプって奴かな。
・・・僕の嫌いな動物だね。

口元が、吊りあがる。


(叩きのめしてあげるよ)



僕のトンファーの連撃に、そいつは大きな身丈に似合わずかわしていく。
運動神経が並外れて良いのだろう。よく見れば運動部らしい鍛えた体をしている。

面白い。少しだけ遊び心が湧いた。



「何故、君たちはここに来た?・・・単なる冒険心かい」


まともな答えは期待してなかった。

委員会の部屋は移したばかりだ。一般の生徒までは、応接室を風紀が使うことになったと周知してないだろう。
だから僕にとって、それはただゲームの間をもたせるための言葉にすぎないはず、だった。

なのに



「翼は、ここにいないのか?あんた風紀委員長だったら知ってるんだろ!?」


-----ただ一人残ったそいつの口から、まさか君の名が出るなんて



戦いの期待で高揚しかけていた脳から、血が一気に下がって指先まで冷える。

たぶん今の僕は、目にこもる怒りだけで、人を屠れる。



「誰だ、・・・お前は」


お前は誰だ。

誰が------許した?
その名前を、馴れ馴れしく呼ぶな。聞きたくない。


呼び捨てで
僕の、翼を



(僕以外の人間が呼ぶななんて許さない)


攻撃を紙一重でかわした男が、ぐいと面をあげて僕を睨んだ。
「山本、武だ。・・・翼の友達だよ!」



殺意で心が煮え滾る。

初対面なのに、これほど殺りたいと思う相手に会ったのは初めてだ。



----お前が、あの「山本武」



(携帯の、男)

(自殺しようとして、翼に命を救われた愚かな草食動物)

(翼が、その命を削るぎりぎりまで追い込まれる原因になった、男)



「死になよ」


視界を暗くする程凝り固まった殺意は
君を想う重さと等しい天秤の傾斜





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