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夏の夜の夢-後編-


あの後。

並盛神社の宮司、私の師匠は引きずられて連れてこられた私をみて、
それはもうにやにやと企んでますという笑顔で迎えてくれた。


「遅かったの、翼。なに、祭りで奉納舞を納める予定だった巫女役の子が、
彼氏の看病とやらで来れないと今、連絡があっての。そういうわけじゃ」


「まさか・・・俺に、代わりやれってこと?」



私を部屋に連れてきた人が、また忙しそうに「それでは私はこれで」、と下がっていったのを横目で見ながら反論する。

女装してのバイトですら、まずいなーと思いながら引き受けたのに、
大勢の前で女装を披露なんて冗談じゃない、事実上女だから女装じゃないといえばそれまでだけど、
世間的にはそう見えるんだから隠れてたいのが人情ってもんだろう。


「翔子さんに、教わっておるだろ」

「なんで知ってんのさ!?・・・そりゃ、一通りはね」


師匠に、人情は通用しなかった。(涙)
おまけに家族以外、知ってる人はいないと思った家庭事情が筒抜けなんて詐欺だ。情報源は父さん??


「風見とうちは、古いつきあいでの。・・・風見の家の者は、奉納舞を納めるならわしがあったんじゃ」

「じゃ、母さんも?」


師匠の皺だらけの目もとが、優しく細く、笑んだ。

その視線の先、この部屋の一角に、艶やかな白い巫女衣装が、衣桁に飾られていた。
派手ではないけど、時代を感じさせる古風な擦り模様が全体に施されている凝ったものだ。


「そうじゃ。20年前になるかの。年はおまえさんくらいだったが、背はもう少しあったかの。
それは美しい舞で評判になったものじゃ」

「まだ成長期ですから、もう少し伸びマスヨ」

「拗ねるでない。やるのかやらんのか、はっきりせい」

「・・・わかりました。やります」


嘆息しながら、受け入れた。
師匠の言葉は私にとって肉親の言葉以上の重さがある。


「そうじゃ、おまえの父は忙しいらしくてこられないと言うとったぞ」

「来なくていいです、というか師匠、そんなの気にしなくていいですから!」

ぶんぶんと頭を振ったら追い打ちが。


「『代わりにビデオ廻しておいてくれ』と言付かったから、他の者に頼んでおいた。楽しみじゃの、ほっほっほ」

「なんで引き受けちゃったんですかーっ!?」

「わしの分も『だびんぐ』してくれるそうじゃからの」



自分以外の、師匠も氏子のおじさんおばさんも、みんながグルなんだ。

(大人って、大人って、キタナイ・・・!)

風見翼、非情な世間の風にあたった青い夏。




* * * * *



歩きだした頃だ、母さんから舞を教えてもらいはじめたのは。

目が見えない母さんと、手を繋いで、足を揃えて、
ささやくように優しい声に導かれるまま、ゆっくりと二人で、家の庭でくるくると回った。


吹く風の、中で。

古い歌を口ずさみながら、母さんは、遊んでもらっているという感覚しかなかった私に少しずつ教えてくれた。



思えば、雲雀も気づいていた小さな頃無意識に出していた風を、母さんが気付かなかったはずもない。
でも母さんも父さんも、なぜかそれを口にしないで教えてくれたこともなかった。

どうしてなのか、ききたくても母さんはいない。
父さんは、わかっててもきっと教えてくれない気がする。・・まだ。


  -----シャン

 
扇を、翻す。



月が、見ていた。
闇の中で焔が、舞台を囲む。


明るいここからは囲む人たちの顔はほとんど見えなかった。

世界は自分一人きりのようだ。
それは孤独と呼ぶんだろうか、自由と呼ぶのかな。選べるなら私は自由がいいなと、ぼんやりと思った。


 -----シャン



KAZAMIの力は、二つある。
母さんが昔、もっていた「千里眼」
そして風見の祖先がもっていたらしい「風使い」。

・・・そして私の体にはその力が二つとも、入ってる。らしい。
女でもあり、男にもなれる特殊な体質をもって生まれたからだ。


「まあ、生まれる前からわかってたからな」って、父さんは軽く言っていたけど、
そんな「お前の血液型わかってたから☆」みたいに何気ないことなんだろうか・・・謎だ。


それに。
・・母さんがもってたという「千里眼」は私には、いまだに欠片も発現しない。



  -----シャンシャン



私は大概鈍いけど、さすがに思い出したんだ。
山本達を受け止めたあの時、私は「男」にはなってなかった。

無我夢中で、その時は気づきもしなかったし、あれ?って思ったのは最近だけど。
(父さんは絶対知ってたに決まってるのに教えてくれなかった)

そういえば最近、女になりっぱなしだ。おかげで体調は問題なしだけど。


(・・・このまま、私、女になるのかな?)


いや、元というか基本的には私の体は「女」らしいんだけど。
その割には、男しか発現しないはずの「風使い」を子供のころから無意識に操ってた、らしいし。

改めて考えると、不思議。



(・・・ということは、いずれ男の人を好きになるのかな?)

これまた未知数な。とりあえず「たぶん」としか言いようがない問題だ。


 -----シャンシャン・・シャン!



今日の風は、なんだかとても懐かしい気がした。



(母さんは、どんな気持ちで、舞ったんだろう・・?)


その祈りは、神様にちゃんと届いたんだろうか。
私の祈りは、神様にちゃんと届いているんだろうか。

人間はとても小さくて弱い。私も、小さくて弱い。
それでも一心に舞う。それで・・十分なんだろう。



この神社の神域の内だからか、この祭りの高揚感がそうさせるのか。
最後の舞の手を降ろした時、面の下で、自然と自分の顔が微笑んでるのがわかった。


神楽の笛の旋律が終わりを告げて、消えていく。

一瞬後の、喝采と、共に。



* * * * *




ようやく役目が終わったから、ほっと一息つきながら薄暗い廊下を歩いていた。
人手はみんな外の拝観者の整理や応対でてんてこ舞いだから、誰ともすれ違わない。


(えっと・・・着替えた部屋、あっち・・だっけ)

暗いけど、心持ち早足になる。

だって、ね。今は女装の上に、化粧まで若干してたりする。
(面は暑いし暗いしで、もう脱いだ)

氏子の人とか、知り合いに逢わないうちに元の気楽な男装に戻ってくつろぎたいのは本音だ。



(そういえば・・・つけ毛も、とらなきゃ)

和装に似合うようにと、着付け終わった後で付けてもらった長い付け毛をひっぱった。
舞いの最中でも落ちないように櫛やゴムで固定されたから鏡があるとこじゃないと、うまく外れそうにない。


最近、「将来(中学卒業くらいには)、女に戻ってどっかの土地でやってかないといけないんだなー」
と思って、目立たないようにちょっとずつ髪を伸ばしてたから、ちょこんとチョンマゲができる程度の長さがあったんだけど。


「まあまあ、巫女様がこんな髪じゃみっともないですよっ」

と氏子の小母さんに飾りつけられてしまったんだ。・・・おばさまパワーには叶わない。
私もいつか、あんなパワフルになれるのかな。それはちょっと楽しみなような、コワイような・・



たすたすたす
自分の、足袋の足音だけが静かな廊下で嫌に響いてて。

なんだか、お化けがでそうだな・・と、ふと思って怖く、なったり






「翼」




心臓が、飛び上がるかと、思った。


すぐ後ろに、突然気配が、現れて。

それはお化けじゃなかったけど、お化けの方がどれほどよかっただろうと思えるほど、
心底震え上がった、本当に足が震えた。


つい数時間前、「いってきま〜す」と呑気に声をかけて家をでて以来だ。
無愛想な、幼馴染の声。




「・・・返事もしないなんて、いい度胸だね。こっち向きなよ」


誤魔化すか!?
いやダメだ、それは即、私の死亡フラグが立つ。絶対立つ。


観念して、くるっと振りかえった。


「・・・」

「・・・」


な、なんだろ。この沈黙。

・・・雲雀ってば、私かどうかよくわからないまま呼びとめて、今さら人違いだとか思ってるんじゃないよね?



「えっと・・・雲雀?」

数歩離れて立ってた雲雀に、よく顔が見えるように近づこうとしたら。
いきなり、雲雀が動いた。


雲雀の両手が、私に向って伸びてきて。
襟元をわしづかみにして、ぐいっと。思いっきり襟ぐりを開いたのだ。


「・・・」


ぽかんと、した。


一瞬何が起こってるのかわからなかった。
勢いのあまり、雲雀に半ば押し倒されるみたいにその場に尻もちをついた。冷たい木の床の感触に、我に返る。


すごく近くに、雲雀がいた。
息が詰まるみたいに見つめられて、ひく、と喉が、鳴った。


反射的に、胸元を両手で押さえてたのが幸いした。
でも、首から鎖骨にかけての素肌は丸見えだ。

いくら外の提灯の灯りしかない薄暗さでも肩から覗いてるブラの肩紐だって雲雀には見えてるはずで・・・



(ななななんで、雲雀、何がしたいんだ、雲雀・・・・!?)



これじゃ婦女暴行の現行犯だよ!

(雲雀って、ノーマルだよね!?)


だって、私の性別はバレてないはずだ。

今まで恋バナを雲雀としたこともないし、浮いた噂も特に聞いたことないけど、
殴った女の噂しか聞いたことないけど、まさか女装してる男が好みってことないよね??


奇行としか思えない雲雀の行動に、私があわあわとかける言葉を探していたら。



じっと穴があくほど私を見つめてた雲雀が、俄かに腕を離してそして---



* * * * *




闇の中で
君を、見つけた。

 

「翼」


声をかけたら、びくりと細い肩が跳ね上がった。


長い、髪。
白く浮かびあがる巫女衣装。一見、本物の女みたいにみえる。

でも間違いない。
君は、翼だ。


僕がもう一度脅すように声をかけたら、君は振り返ったけど、それは嫌な現実を僕の前に曝した。



「・・・・」


ねえ。

(こんな至近距離で見ても、どうみても女にしか見えないって、君って何なの)


舞台のための化粧のためか、肌は透き通るような白さで、
唇は紅くて何か言いたげに開きかけたそれのどこが男のものなのか、僕にわかるように説明して欲しい。



おかしく、なりそうだ。
いやとうに、おかしくなってるんだけど。

さっきの君の姿を見て。
ずっと誤魔化していた自分の気持ちに気付いてしまってからずっと。


この僕が、男の君を好きになるなんて、どこか狂ってしまったとしか、思えない。



自分でも、その次にどうしてあんな事をしたのかわからない。
気づいたら両腕で、驚いてる翼の着物の襟をつかんでいて、思い切り左右に押し広げてた。

力が入ったから、よろめいた翼が後ろに倒れこんでその上に僕が馬乗りになったような体勢になる。


君の唇が(雲雀)と声もなく僕を形造って、そして僕は自分の手で暴いたその光景にかっと頭に血が昇った。



(何してるんだ。僕は、何がしたいんだ・・僕は翼に)


今よりずっと子供のころだったけど、家族同然の幼馴染だった僕達は
体だって当然見たことはあって、でもそれはずっと昔のことで。

記憶にあるそれと同じようで、まったく違う白さで僕の下で、
首も肩もさらけだして、翼が「雲雀・・?」と問いかける。



今は何も聞かないでよ。応えたくても答えられない。
僕も、僕がどうしたいのかわからない。


それでも。
見えたそれを判断する冷静さが戻ると、同時に、手の力が抜けた。



翼の前で、がっくりと両腕を床についた。みっともない。
でもとにかく脱力したから、そんなことにまで頓着してる余裕は無かった。



「ちょっと雲雀、どーしたの、大丈夫?」

「翼。・・・女装はともかく、それ、何」



顔をようやく上げた僕と眼をあわせた翼が、みるまに赤くなる。ああ、やっぱり女の子みたいだ。
すごく・・可愛い。


どうしてそれで性別が男なの、君。
詐欺じゃないか。



「かかか勝手に見て、雲雀こそ何言い出すんだよ!」

「それ、この前小父さんが『頑張れ』なんてメッセージ付きで君に送ってきた」



間違いない。
僕の改良トンファーと一緒に送られてきた荷物に入ってた、女物の下着。それを翼は付けてた。


いくら巫女姿に女装するからって、念いりにも程がある。
僕の脱力も、それに気づいたからだ。



「親子揃って・・・馬鹿じゃないの、君達」

「・・言うなー!それ以上、そうだよ、今日女装するの父さんは知ってたし、嫌がらせかダメ押しで送ってきたんだよ。悪いか!」


「悪いというより、間違ってるよ。着物の時は普通そういう下着はつけないし」



僕自身和装が好きだから、その位の知識はある。
まあ昔と違って、今どきの巫女の人が全員そうなのかなんて知るわけもないけど。


「つけない!?じゃあ、雲雀がそういう事したら丸見えだったんじゃ・・・
イヤラシイよ!雲雀がそんな事考えたなんてひどいよ!」


「ちょっと・・・翼」

「ここどこだと思ってるの、神社だよ?聖域だよ!?
それが、雲雀のせいで風紀は乱れまくりだよ、もう並盛の風紀はお終いだ・・!!」



ゴツン


「・・・痛い」

「君が錯乱するからだよ」

「・・・雲雀のばか」

「君には負けるね」


あんまり煩いから、一発拳骨を落としたらようやくおとなしくなった。
それには僕もほっとしたけど(やっぱりあんなことしたから、気まづかったし)

でも


「・・・なんで、そこでへらへら笑うの、翼」

「ううん、なんか雲雀がおかしくなってなくて良かったっというか」


安心したんだ、と微笑む君にまた胸が詰まるような想いを抱く僕は、
誤解なんかじゃなく本当に、おかしくなってるのに。



君は、それに・・・気付かない。





* * * * *



帰り仕度を終えた翼と外に出たら、祭りは終わりに近づいていた。


 ドン



空に高く打ちあがる大輪の花火と、胸のすくような轟音に負けない人間の歓声で表はとても騒がしかった。

人混みは嫌いだったから、なるべく避けるように歩いたけど、どうしても人波の合間を歩くことになった。



「綺麗だね・・・!ほら、おっきいよ、雲雀!」


僕の少し後にいる君は、気もそぞろで空を見上げて指した。
金色と赤の明るい光が、昼間みたいに一瞬あたりを照らして、また闇に還る。


  ドン
    ドン

     ドン ドン


「あ、次はスターマインだね」

うきうきと楽しそうに空を見上げるのは、さっきみたいに化粧もしてないし、
女の格好でもないいつもの翼だったから、僕は変に動揺もしなくてすんだ。

でも、君が僕じゃない無機物の花火なんかに夢中なのが面白くない。



「ねえ、翼」

「うん、何?・・・・・・なんで手、繋いでるの?」



周りは嫌になるくらい群れで溢れてて、皆空ばかり見上げてるから。

誰も僕達に気づかない。
こうして触れても、君さえ、僕の気持ちには気づかない。



「・・・さあね。早く、家に帰るよ」

また一つ、真白な閃光が僕達の繋いだ手と手を照らして、すぐに消えた。







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