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雪紅の夜の音
群れてた大人達が、夜になると潮がひくように消えた。

闇の中、その部屋は小さな灯りだけついていた。
音をたてずに入ると、奥に膝をかかえて背中をむけた翼がいた。

「・・・雲雀?」

澄んだ高めの声は、しんと冷たい空気に震わせ、ただ消えていく。
翼は、俯きがちに前を向いたままで。


「もう、遅いよ。雲雀も・・帰ったら?」
「いやだよ」

僕に指示なんて、しないでよ。
僕はいつだって、やりたいことしかやらない。

風見の小父さんは、夜更けなのにどこかへ出かけていった。
コートを着て思い詰めたような表情で足早にでていく姿と、僕は黙ったまま廊下ですれ違った。

大人なんて・・どうでもいいけど。
翼には、僕がいるから。


「翼。ここは寒いから、こちらにきなよ」
「いいよ、寒くても」
「僕、もう寝たいんだけど」
「いつもの部屋に布団あるから、先に寝て」


やっぱり、頑固だ。
翼は時々、僕よりもずっと我が強くてけして引かない。

僕は一端引き返して、毛布をひきずって戻ってきた。

遠慮なく翼の背後に歩み寄って、バサリと頭からかぶせてやった。

「・・雲雀」
「なに、文句あるの?僕は、眠いんだよ」

無抵抗な背中を、僕の体ごと毛布でくるむ。
やっぱり前を向いたままふり向こうとしない翼の肩に頭をくっつける。


「・・・これって二人羽織?」
「言っておくけど、君と宴会芸をやる気はないからね」




少しだけ雰囲気が柔らかくなったことに、安堵する。
逃げられないように、ぎゅっと腕に力をこめた。


「ギブギブ、首、締めるなって」
「煩いよ。もう・・・寒くないよね」


僕達はふたり分の温もりの中で、灯りの下で、前を見つめてた。


白い花に囲まれた棺。

並盛の街にその冬はじめての雪が降った
翼の母親が死んだ、夜のこと。



これ以上ないくらい近づいたから、翼も観念したらしい。
それでも顔は、頑固に見せなかったけど。


「心配いらないよ、雲雀」
「もう春には中坊なんだし」
「父さんに迷惑かけないように頑張るよ。やってけるって。大丈夫」




沈黙が怖いみたいに、繰り返す。空回りしてる言葉。

ほんとに大丈夫なら、こっちを向けばいいのに。

嫌なら無理にふり向かせようと思わないけど、大丈夫には到底見えない。



「意外と、雲雀って世話焼きだよね。人はみかけによらないなあ・・」
「なに、それ。・・咬み殺すよ?」

「あ、それ懐かしい。久々に聞いた」
「・・・咬むよ」

一段、低い声で呟くと。慌てた声で制止された。

「ちょ、待てよ!ひ」
「いやだね」


・・・がぶり

「うわあ・・待てといっても咬むんなら、どうして事前に宣言するのさ」

赤い咬み跡がついた首から、ゆっくり顔をあげる。


「僕の言葉に怯える翼が、面白いから」
「さらりと自分はSだと暴露するな」


こたえてないみたいだから、もう一度がぶりと同じ場所に噛みつくと、ぎゃっと小さく声があがった。

俺の幼馴染みは人類じゃなくて、どこぞの肉食動物でしたー等々、ぶつぶつ文句を言いながら、翼は逃げない。

どんな「僕」をみせても、翼は逃げたことがない。



闇の中、紅い咬み跡が目に映った。
窓の外には、降りつづく、雪。



「思い出すね。・・昔のこと」


君はそのころからずっと 変わらない


*  *  *  *  *


(・・変だ)

周りは吹雪なのに
さっきまで痛いほど僕の全身を凍らせていたはずの
降る雪が-----触れない

  
真っ白だった視界に、最初に見えたのはクマの耳がついた、フード。
  
僕を背負ってる、もこもこしたコートの肩が、薄目を開いた視界の半分を占めた。
僕は冷え切った頬を、その肩に埋めていた
     
僕より、すこし小さな翼の体の輪郭を覚えてる。

雪嵐の渦巻いている真っ白な視界の中なのに、そこだけ切り絵のようにくっきりとしていた

------荒れ狂う雪は、僕達に、触れなかった。 



  さく
  さく
  ・・・・
  さく
  
  ・・・
  さく
  さく



寒さで痺れきった両腕も、崖を滑り落ちた時に鋭利な枝に裂かれた足にも、感覚はとうに無かった

僕を背負ったまま、翼は無心に、凍りついた雪を掘っていた。

  さく さく ・・さくさく
 
固い雪を掘りつづける。痛い、音。




暗い狭い雪洞の中

一緒にふたり分のコートにくるまって、丸くなって
熱にうかされる僕は、ふわふわする茶色の髪に顔をうずめたままで。

でも苦しくて目の前にあった白い肩に噛みついたまま、目を閉じて、高熱に耐えて時を過ごした。


  「・・痛いよ、雲雀」  

  
微かな鉄の味。翼の血の匂い。

僕より弱い、僕より小さな君が、僕をずっと温めていた。
凍り付いた雪を掘って赤く冷たく腫れあがったその両手で、抱きしめていた。

僕は、泣きもせず不安なんて感じてない顔をしてる君の、いつもより早い胸の鼓動をきいていた。

氷点下の吹雪の中。

幼い子供なんて殺してしまうはずの冷気は、その夜、僕達の傍に近寄れなかった。
  


*  *  *  *  *


「なんかあの時、命が危ないってどういうことかを、しみじみ感じたなー」

「朝になって僕達を掘り出した救助の大人達が、『生きてるのか!?』なんて本音を漏らすくらい、びっくりしてたからね」


救助されて一応二人ともしばらく入院して。
でも子供だから回復も早かった。

僕はそれからも自分で危険に突っ込んでいくことが頻繁にあったから、今さら命がどうこうなんて、翼ほど過去を振り返ってしみじみなんてしないけど。


「いや、あの時は、雲雀にこのまま喰われたらどうしよう、と思ってたから」



・・そっちなの。



「普通は、寒くて辛いとか、このまま遭難したままだと死んでしまう方が、危機だと思うけど」

「そう?だって雲雀がしゃべらないから暇で暇で、しょうがなくて、
おまけにお腹が空いてきたから
『雲雀に喰われないためにも自分の空腹のためにも、夜が明けたら食べ物の調達しなきゃ』って」

「あの状況で、そんな事考えてたんだ」




翼の思考回路には、今更驚かない。
そうじゃないと幼馴染みなんて、やってられないよね。


「はらぺこは人生最大のピンチだからな。俺にがぶりと食いついたままだった雲雀は、その心配がしなくて良かっただけだよ」

「本当に君を食べたわけじゃないよ、人聞きの悪い」



翼って、変なところで度胸が据わってるんだか、鈍いのかわからない。
でも、なんで幼馴染みで親友(のはず)の僕を、命の危機扱いするのさ。



「だって、2週間は消えなかったよ、あの時の歯形」
「・・・もう、黙っててよ」




くすくす笑う、気配。
わけもなく、凪いでいく僕の心。


「なんか、俺、お腹すいてきた」
「君が食い意地の張った話なんかするから」
「まあいいか、昨日母さんが作ったカレーがまだ」


不自然な音の断絶。

静寂が、冷えた空気と一緒に頬を撫でた。



ぱたり



「翼」



ぱたり



「・・僕、明日の朝は卵焼きが食べたい」


ぱたり


「一緒に食べよう。翔子小母さんのカレーも、一緒に」


ぱたり


・・・ぱたり

ぱたり ぱたり ぱたり


翼の首にまわした僕の手の上に、落ちる水音。

小さな暖かさもすぐに、哀しい冷たい雫に変わった。

降る雪より重く、雨より儚いその音が、僕の心を切り刻む。



(翔子小母さん)

翼が、泣いてる。

悠長に寝てないでよ。

翼のために、戻ってきて。



*  *  *  *  *


救助隊に助けられて、次に目が覚めた時は、病院のベットの上だった。

横をみると翼がいた。
(同じベットで)
僕の隣で、ぐうぐう眠っていた。口なんて半開きの油断しまくりな間抜け面で。

枕元には、翔子小母さんがいて
「雲雀くんが目を覚ますまでって、この子どうしても離れなかったのよ」
と笑って言った。



「翼は、雲雀くんが大好きなのね」




何気なくかけられたその言葉が何故か無性に面はゆくて、かっと頬が熱く火照った。

視線をそらすと、僕の袖を握ったままの翼の手が見えた。
両手とも白い包帯でぐるぐる巻きだった。

毛布の下、包帯だらけのその手をこっそりと握り直して、寝こけたままの翼と向き合ったまま、目を閉じた。


今ならきっと、答えられる。



--------翼は、雲雀くんが大好きなのね


--------僕も。



僕の言葉に微笑んでくれただろう人は、いなくなってしまったけど

僕がここにいる限り、翼を、独りぼっちになんてさせないから。



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