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夏の夜の夢-前編-


学校はとうに夏休み。
翼と同居して初めての長い休暇だ。

テレビは高校野球やオリンピック中継で騒がしいようだけど、そんな群れを見たくもない僕は関心は無かった。



「あっ、今日は柔道の決勝あるんだ!録画しなきゃ」

「喧嘩は嫌いなくせに、昔から格闘技は好きだよね・・翼」

「うん!やっぱ体技の凄い人は格好いいよ!」

話しながらレコーダーに録画ディスクをセットしてた君が、笑った。



同居を始めてから、翼の家の一室を僕の寝床にしてるから、大抵朝は一緒に食事をする。

不在がちな自宅と違って、毎日暖かい食事を、
誰かと一緒に食べるのは最初は違和感があるかと思ってたけど、全然そんなことはなかった。

まあ・・一緒にいるのは翼だから。当然かもしれない、と結論づける。


リビングのテーブルの上には、ご飯とアサリの味噌汁、夏野菜の温サラダとオムレツのベーコン添えが並んでる。
少し量が抑えめなのは「夏は食欲がわかない」と言った僕に翼が合わせてくれたせいだ。



「それよりさ。雲雀、今夜のお祭り、予定はあるの?」

「例年通りかな。・・・風紀委員は祭りの風紀取り締まりをするからね」


夏休みといっても、僕はほぼ毎日、何かしらの風紀委員の仕事で学校に行ってる。
気が向いたら街の見回りもするけど、大半は書類仕事が多い。

でも祭りの時は、風紀が乱れる事件が多発するから、見回りだけでなく僕自身も出向いて直接、そうした輩の粛正にあたるのが常だ。




「あ、雲雀、そこの小鉢とって」

「うん」

箸を置いて、手を伸ばした翼にそれを渡そうとしたら。
伸ばされた指先が、僕の手に触れた。

ゴトン


「「・・・」」


小鉢が、落ちた。
僕の手が、滑ったからだ。

何故かわからないけど、翼が手に触れてきた瞬間、ひどく動揺して力が抜けた。
幸い器が空だったし、テーブルの上だから割れてもいない。


「はは、雲雀、何してんだよー!おっちょこちょいだなー」

「・・・うるさいよ」


これが冬なら、静電気か?で誤魔化せるけど、今は真夏だ。
真夏にそんな言い訳、できるわけない。

僕の僅かな変調は、笑ってからかってくる翼に気付かれることはなくて、ほっとした。
それでも胸のもやもやは続いてるから、少しだけ顔を逸らした。



「それより、予定を聞いてどうするの。翼だって風紀委員だから、参加させるつもりなんだけど」

「えっと・・それがさ。俺、約束しちゃった用事あるから、そっちの仕事、抜けたいんだけど・・・駄目かな?」

「理由によるね。さっさと吐きなよ」



にやりと笑った僕の前で、翼が硬直した。
君って、カエル?・・そうすると僕が蛇なのか。なんかそれも嫌だ。


「師匠に、祭り当日は人手不足だから手伝えって前から念押されてたんだ。
それに父さんまで、たまには師匠孝行しろって圧力かけるから、断れないんだってばっ」

「・・そう」


翼の言う師匠は、並盛神社の宮司だ。
昔から風見の小父さん達と知り合いで家族同様の付き合いだということは僕も知ってる。

小さい頃から翼に「操気術」とかの武術を教えてる人でもあるから、
祭りの日など神社が賑わう時に臨時にかりだされるのはありそうな話だ。

僕が「人手は足りてるし、まあいいよ」と続けると、翼が目にみえてほっとした様子で笑った。



「・・・それはいいけど。誰かと祭りに一緒にでかける約束とかは、無いの」

「したくても、そんな相手いないよ。友達からの誘いはあったけど、手伝う予定あったから断ったし。
でもどーしてそんな事聞くの?自分はどうなのさ」



生意気に反論してくる君の問いには答えずに、僕は「ご馳走様」と席を立った。


最近、翼の問いに、答えられない自分が増えている気がする。

------毎日、少しずつ。



* * * * *



「じゃ、雲雀。一足先に、出るよ。いってきます〜!」

「祭りで変な奴にからまれないでよ。仕事が増えるから」


無愛想ないつもの幼馴染みの声に見送られて、心持ち早足で夕暮れの街に踏み出した。

肩からさげたカバンには、世間様には絶対知られたくないブツも入ってるので、自然に自然に〜と念じながらすたすたと並盛神社へと向かう。



・・・思えば、半年以上前に、「この日の手伝い」を父さんに知られた時、すごくイイ顔で笑ってたなあ。


「若い頃の母さんも、お前と同じくらいの年の頃、あそこの手伝いしてたんだぞ。
宮司の爺もまだハゲてなかった頃だ。いやあ父さんは嬉しい、見たいなあ・・いや見るだけじゃアレだ、ビデオ廻していいか?」


「何がアレなんだよ。いっぺん冥土を廻ってきてよ。絶対嫌だからね!」



今カバンに入ってるブツも、父さんが計画的に「頑張れ!」とか余計なプレッシャーをかけてついでに送ってきたものだ。

後で電話で「ポロリはいかんぞ、嫁入り前だし」なんて
大真面目に馬鹿なこと言うもんだから、受話器を叩き切ったっけ。


・・まあ確かに、無いよりあった方が助かるけどさ。





*  *  *  *  *



もう既に、神社の下の街道は夏祭りの出店でいっぱいで、明るい行灯が大きな蛍みたいに賑やかにそこかしこに躍っていた。
まだまばらにしかお客さんはいないけど、夜には花火もあがるから、どんどん人は増えていくはずだ。


(ひょっとしたら、同じクラスの子にも会うかもってヒヤヒヤだったけど・・大丈夫だった!)

やっぱり日頃の行いがいいんだなー、と悦に浸る。
・・いいんだ、たまには浸らせて。


お祭りには、沢田くんも一緒に行かないかって誘ってくれたんだけど
何だか最近、家に小さい子を預かったり、親戚?のお姉さんが外国からやってきて騒がしくてとても外出できる状況じゃなくなったー・・って電話がきた。


どうやら獄寺くんも、急な体調不良で寝込んでいるらしい。・・・夏風邪かな?

また休み中にでも、宿題をもちよってみんなで勉強&遊ぶ予定だ。
楽しみだけど、電話口で疲れたような声だった沢田くんや、意味不明のうわごとでうなされてる獄寺君が早く元気になるのを祈るばかりだ。


射的の屋台をみて、山本が「ボールの的当て、いつも楽しみなんだ!」と言ってたのを思いだす。
野球部のエースに狙われたその屋台には気の毒だけど。

(ちなみに山本はお店の手伝いがあるので、お祭りは最後の方だけ覗いてみるそうだ)



ぷぷ、と笑いをこらえながら神社の高い石段を一段飛ばしに駆け上がった。
師匠との約束の時間まで、ギリギリだ。




いつもは閑静な境内も、今日は祭りの紅白提灯がずらりと並んでノボリも立ってる。

祭りの日ということで夏祭りならではの伝統的な五穀豊穣を祈る神事も行うことになってるから、
仮舞台や楽奏の準備も佳境で、席を整える人達が慌ただしくあちこちで働いていた。


白珠の砂利道の向こうから、顔見知りの氏子の人が慌てたようにこちらに走ってきたから、手をふって応えたら。

駆け寄ってきたその人に、がっちり腕を捕まえられてずるずるずるずる・・


-----あれ?




「大変なんだよ、風見くん!宮司がお呼びだからこっち来て!」

「えっ、あの、俺、あっちで手伝えって言われてたんですけど・・」



私が指さしたのは、お札とか売ってる祈祷所の窓口。
そう、祭りに出かける若いお姉さんが「バイトできませんーデートするんで」と
悉く巫女のバイトを蹴ってしまい毎年人手不足の売り子を、半年も前から師匠に頼まれてたのだ。

・・・不本意ながら、巫女の女装、という条件で。



でもまあいいんだ、祭りは人出多いといっても買い物をする人は意外と少ないから暇だし、
奥の方で札やおみくじの整理をするのが仕事だから、顔が知り合いにバレる危険はほとんど無い。

というか俺を「男」と認識してるここの氏子の人達がその話しきいて爆笑してたから、
誰も「風見君が女装してる」としか思わなくてかえって安全だ。


「あっちは他の子がやるから大丈夫、とにかく風見くんしか頼めないんだよ!」




どーなってんの!?
単に女装する覚悟ならしてきたよ。なのに何がどうしたんだ!?


(恥を忍んでブラとパンティも持ってきたのに)

だって「自分で用意しましたから!」って言わないと氏子のおばちゃん達が
やってあげるわよ〜ってこれまたイイ笑顔で迫ってくるんだもん。(軽くセクハラだ)



仕方ないので、ずるずると引かれるまま奥へ連れていかれた私は。
「なんであの時、死ぬ気で抵抗しなかったんだ!」・・と、随分後まで後悔することになったのだ。



* * * * *




骨を打撃する、鈍い音が夜に響いた。


(あと一匹)


土くれの上に沈んだ、群れの一匹はびくびく痙攣した後、動かなくなった。
それを足で踏みつけて、次の獲物にトンファーを振り下ろす。


(・・ラスト)

血反吐を吐きながら、くの字に折れた身体。
蹴りつければ、聞くに耐えない鳴き声でなおも逃げようと這い蹲ったそれに追い打ちの一撃。

驚愕と恐怖に見開いた目は、僕を映さず天空の月を見上げて土に還った。



祭りに乗じて、この群れはスリ行為を行っていた。
並盛の風紀を乱す虫達が今夜はとても多い。

・・少なかろうが多かろうが、一匹残らず、咬み殺すだけだけど。




「委員長!・・こちらの集金は全て終了しました」

「そう。じきに花火がはじまるから」

「は。周辺の見回り、続行します」


草壁は、心得たように礼をし、後ろに従っていた数人に合図をして散らせた。
屋台の雑踏は相当なものだ。人数がいないと目が行き届かない。

散り散りになっている風紀委員を、要所に配置する必要があったけど、草壁がこの後はうまくやるだろう。



深い茂みのむこう、神社の前の灯りが煌々と輝いてみえた。
ほそく天に届くような、雅楽の笛の音が聞こえる。

何か行事でも始まったのかとそちらに顔を向けた僕に気をきかせたのか、草壁が口を挟んだ。


「神社の境内では、舞台で五穀豊穣を祈る神前奉納の行事を行うそうです。
何でも5年に一度しか行わない珍しいものだそうで、かなりの見物客が集まっています」

「・・だから騒がしいのか。行っていいよ」

「は。それでは」




基本的に、人が大勢群れている場所に行きたくはない。
気のなさげな僕の様子に、草壁も関心無しと思ったのか素早く立ち去っていった。


(群れは嫌だけど。・・・翼が何を手伝ってるのかは、知りたいかな)


----ちょうど、今いる場所は境内の裏手だ。

手頃な群れを咬み殺し終わった所で、手持ちぶたさでもある。



血糊を拭ったトンファーを、いつ獲物が現れてもいいようにまだ下げたまま、
深く考えるより先に、足は自然に乱闘でちぎられ乱れた草むらの上を歩き始めていた。


闇を照らす、その灯りを目指して。







喧騒は、境内の建物に入ってからも聞こえた。
そして見知った顔に、呼び止められた。


「雲雀のぼんじゃないかえ。久しいの」


渋緑の衣。
薄い頭の下で、皺深い顔が破顔した。
並盛神社の宮司。・・翼の、師匠だ。



「探してるんだけど。翼は、どこ」

「今は駄目じゃろうな。雲雀のぼんの嫌いな、群れの中心におるからの」



きつい目で睨んでも、ひょうひょうと返される。
風見の小父さんと違う意味で、この人は正体が知れない。


「それでも気になるなら、ほれ、そこから表を見てみるといい。丁度、佳境の頃だわい」



大きな木組みの窓を指さす。

黙ったまま近づけば、なるほどちょうど見下ろす形で、境内前の広場とあつらえた仮舞台が
照らす篝火の炎で浮かび上がってよく見える。



正方形の、舞台だ。
静かに添う楽奏の笛や太鼓の音。

大人や子供の群れが、期待にざわめきながらそれを取り囲んでいた。

そして白木に真っ白な布を張り巡らせた神事の舞台に、すっくと立つ、人影。


「今宵の客は運がいい。
5年に一度きり、しかも20年前の、あれの母親を超えるものを見られるじゃろう。・・やれ懐かしいのう」


息を飲んだ僕は、宮司がゆっくりと立ち去っていく気配を背後に感じながら、動けなかった。




太鼓の底深い響きが、リズムを刻む。
笛の音色が、透明でほそい尾をひいて、暗い空へと解き放たれる。



 ・・・シャン

 鈴の、
  合いの手


  紅い、唇。
  白絹の長い衣。
  朱の髪紐。

長い黒髪の付け毛が背を這い、吹く風に躍る。

絹の房飾りが付いたきらびやかな扇子を手にした「巫女」は、
顔の上半分だけを覆った珍しい能面をかぶっていた。


それでも、僕が「君」を見間違うはずもなく。





  ・・・シャン

翼が、いた。


白い足袋を履いたそのつま先は、滑るように舞台を躍った。
篝火が、揺れる白い袖に金色の波を映して複雑な模様に彩る。


ゆったりと舞う、その姿と対照的に。
火影が眩しい火の粉を散らしながら、立ち上る風に生きているように激しく躍っている。



 ・・・シャンシャン


 -----風を、操ってる。


翼が、炎を思いのままに、
舞いの手を差し伸べるたびに、引き寄せるように煽っているのがわかる。


見えないはずの風が。
 扇が一振り、舞うごとに。
  闇に白く浮かぶ手のひらが泳ぐたびに。

炎に変えながら、舞台の四隅で燃え上がってゆく。





  ・・・シャンシャン・・シャン!



それは、ひどく蠱惑的で、夢のように現実感が無かった。

美しいのに直視してはいけないような背徳さえ感じる。
でも反らせなかった。
僕は。



「・・っ」



口を、抑える。
こみあげる、強いそれを無理矢理飲み込んだ。


手から滑り落ちたトンファーが落ちた重い音がした。
それさえ、今は耳に残らない。


固い木の窓枠に頭をもたせ、乱れた息を整えようとしても、
肺から絞りとった空気はどこか違う場所にもっていかれているようで、苦しさは少しも良くならなかった。



理由。
目的。
賭け。

君をそばに・・・おきたかった。



幼馴染みという惰性に甘えた僕は、漠然としたその感情に気付いていたのに、あえて名をつけようとしなかった。



でも気付いてしまったんだ。

気づきたくはなかった。
けど。

もう、遅い。



(・・・・翼)



焼けた胸に巣くうのは、
初めての恋







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