無色透明〜前編〜
「1−Aの風見翼、ですが・・このまま放置してよいでしょうか」
薄く曇りの空が広がる、退屈な午後だった。
いつものように無駄に群れてる草食動物達の群れを、面白くない思いで窓から見下ろしていたら、珍しく草壁から口を開いてきた。
振り返ると、緊張しているのか固い表情をした草壁と目があった。
「何。僕にどんな指示をして欲しいわけ?」
草壁は、言葉に詰まったように押し黙った。
翼は入学早々派手に僕を怒鳴りつけて、一躍「怖い者知らずの新入生」として学校中の噂になっていた。
「平和でのんびりした中学生活」を過ごす気満々だった本人は、不本意かもしれないね。
憤慨していた翼の様子を思い出すと笑いそうになる。
・・・原因を作ったのは確かに僕だけど、噂の種をまいたのは本人の自己責任だから同情なんてしない。
翼が合格していた私立中学の校長に手をまわして、入学手続きを白紙に戻させた。
札束入りの菓子折をもった校長が家に突然押し掛けてきて土下座した時は、さぞかしびっくりしただろう。
受験代も入学時の払込金も倍返しで撤回させたんだから、損だってさせてない。
結局根性無しのそいつを問いつめた翼が裏工作に気付いてしまったわけだけど、ギリギリ入学式直前でも入れた並盛中学を選ばざるを得なかった事は思惑通りだった。
翼は学生寮に入るつもりだったらしいから、それも阻止できた。
(男子寮なんて不埒な輩の巣だって事、100%わかってないんだよね、君は)
まあ結果として、同じ学校に通えることになったんだから、喧嘩の一つや二つ、安いものだったと思う。
伊達に幼馴染みをやってるわけじゃないからね。
今までだって何度も、喧嘩くらい昔から繰り返してやってた。
それでも僕は自分のやりたいようにやるし、翼は基本的に他人に干渉しない性格だから、すぐ元通りになる。
考えてみれば僕達に共通点なんて無いに等しいんだから、不思議といえば不思議だ。
「委員長の知り合いということで、強いのではないかと関心を持つ者もいます」
-----知り合いじゃなくて、幼馴染み。
でも面倒だから訂正はしない。
僕が幼馴染みだと思ってるのは翼だけだ。
比べられる者が誰もいない、一人しかいないから、その比重を言葉にするのはどこか難しい。
ふあ。
退屈で、あくびがでた。
僕の言葉を待っている草壁に、面倒だけど一応答えてやることにした。
「翼が、僕にため口なのは昔から」
きっと、死ぬまでため口だ。
「翼は、僕に従わない」
優しげに笑うくせに、譲れないところでは僕より我が儘だ。
「強いかどうかは、君たちが自分で判断してよ」
ヒトを測る物差しくらい、他人任せにせず自分で持つべきだ。
僕は草食動物と、そうじゃない強いイキモノにわけて考える。
でも翼は、分類に困る。
以前、本人に意見をきいたら
「俺?・・・雑食動物、かな。草ばっか食べるのはごめんだし、肉も魚も食べたいし」なんてピントがずれた答えが返ってきた。
(そんなのどうでもいいよ)
損得で動くなんてはなから頭にないし、理屈じゃない行動をするから目が離せない。
時々勢いだけで行動して、失敗をして悔しがったりもしてる。
(なんか、かわいいよね)
どうでもいい事をぼんやり考えてると、草壁は言い辛そうに下を向いた。
「下の者達は・・不満もあるようです」
僕は気がなさそうに、ふうんと相槌を打って。
でも、内心は違った。
ぞわりと全身を逆なでするような-----興奮。
面白い。
手をだすって言うの?・・アレに。
「群れなければ、いいよ。好きにすれば?」
しらず口端が上がっていた。草壁の目に怯えが走るのが、わかった。
僕は、そう、嗤っていたのだろう。
闘いの期待は
たとえ自分の手を下すものでなくても、欲情と裏返しの高揚だ。
* * * * *
「えっ、タイマン?」
放課後、風見を校舎の裏の草地に呼び出した。
周りは木立があり人目につかず、風紀委員が十数人、目を光らせている故に、邪魔など入らない。
「あの・・風紀委員の副委員長の、草壁さん?でしたよね。それって、ひょっとしてここにいる人達、全部とですか?」
風見は、困ったように頬を片手でぽり、とかいながら首をかしげる。
急に呼び出され、大人数の風紀に囲まれたらどんな男でも怯えそうなものだが、この男の場合は戸惑いが勝っているようだ。
・・男、というより少年か。
背丈も普通だ。
一年坊主は、俺達よりもずっと体も華奢で、肩も薄い。
ごつい風紀の男に一発叩かれただけで、壊れてしまいそうな気さえする。
茶色がかった髪が軽く風に靡く。
長めの前髪と、風変わりな厚い眼鏡のせいで、微笑んでいてもどこか印象が薄い。
-----笑って、いる?
(馬鹿な)
こんな状況で、強がりでなく笑っているなら、本物の、馬鹿だ。
この並盛で、委員長は絶対だ。
ことに風紀の者達の頂点として、畏怖を抱かせるカリスマでもある。
あの入学式以来、委員の中でも委員長に心酔している者達は、あからさまに風見を不審がり、無断で締め上げようとする動きすらあったのだ。
・・・さすがにそれはまずいと、止めてはいたのだが。
委員長の許しが下りたいま、俺は下の者達の「秩序」を保ったまま、風見を「指導」しなければならない。
「ああ。委員長は、『群れなければいい』とおっしゃって」
しかし、重々しく、威厳をもって告げたはずの言葉は、すっとんきょうな風見の声で遮られた。
「嘘だー!あの、雲雀が!?」
「嘘ではない。・・なんだ、知り合いとして庇ってもらえると期待していたのか?」
むっとして胸を張りながら一歩前へ出た。自然と周りの者は左右へ道を開けた。
「あ、そっちじゃなくて・・っと、草壁さん、先輩でしたね。すみません」
「なんだ。お前、はっきりものを言え」
そっちでなければ、どっちだ。
目が三角になりそうだ。この少年、一体何を驚いている?
「俺、雲雀はもっと風紀の人達に厳しいというか、きつく当たってるんじゃないかと心配してました。思ったより優しくしてるんですね」
------今、宇宙からのメッセージがきこえなかったか?
一瞬、意識が飛びそうになった。
一発も拳を交えていないのに。
(・・やさしい?)(だ、誰がだ)(・・おい)
得体のしれない動揺が、小声と落ち着かない気配で目にみえる形で委員達に広がっていく。
だんだんと自信がなくなってくるのは、なぜだ。
まるで友人と話しているような気安さからも、警戒心や敵意といったものが微塵も感じない。
俺の動揺が移ったのか、周りの委員にも、僅かに躊躇う視線を互いに交わすものがいるのがわかった。
こんな無様な様子をもしみられたら、全員が委員長のトンファーでめった打ちされるのは火をみるより明らかだ。
目の前の小動物がもたらした驚きより、わずかに怖れが勝った。
気をとりなおし、しっかりと見定める視線をやった風見は、やはりこちらの様子など気にしていない。
このマイペースさは、性格か?単に鈍いだけなのか。
判じかねている俺の前で、また笑った風見が。
眼鏡の奥で目を細めて、男にしてはやや高めの声で嬉しそうに呟いた。
「・・・なんだ、雲雀って、ちゃんと仲間には優しいんだ」
俺の後ろで、業を煮やした委員が
「ふざけるのもいい加減にしろ!」と即座に突っ込んだが、
「えっ、わかりませんか?」と軽く流された。
風見が、唐突に上着を脱ぎだした。
ネクタイと白シャツ、ズボンだけの細腰の姿は、黒ずくめの集団の中ではいっそう頼りなく見える。
脱いだ上着は几帳面に畳んでいるからどうするのかと見ていると、少し離れた草の上へ置いて立ち上がり。くるりと俺達を振り返った。
「じゃあ、『群れないで』、俺とタイマン、してみましょう?」
-------何かがわかるかも、しれませんよ?
声は無く、唇だけの挑発だった。
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