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Valentine Day Special [NOW]


「・・何してるの、翼」

「え?今作成中なのは、ガトーショコラ。あんまり甘くなくてしかも美味いというチョコケーキ」

「僕が聞いてるのは、『なんで君がお菓子作りなんかしてるか』だよ」

「俺の腕前を疑ってるの?俺、結構お菓子作りなら得意だよ?まだ料理のほうは母さんの味に追いつかないけどね。
あ、そっちはチョコクッキー。皿の上のは自宅用だから、食べてもいいよ」


今日は、世間でいうところのバレンタインデイだ。

僕の下駄箱やら風紀の部屋にも、顔も知らない女達からのチョコレートが山ほど届いた。
だけど、僕はそんな行事にも、菓子の山にも興味なんて全く無いから、全部風紀の奴らに与えてきた。


そして放課後に翼の家に寄ってみたら本人は台所にいて、夕飯でも作ってるのかと思ったら甘い匂いが漂っていて・・


だからどうして男の君が、今日そんなものを作ってるのさ?



* * * * * * * * 
 


バレンタインに、家でお菓子を作ってたら、雲雀がいきなり家にきた。

いや、雲雀がいつも突然くるのは慣れてるんだけど(なんせ合い鍵有り)、ちょっと焦った。
だって、雲雀は当然、俺を男だと思ってるわけで・・・
この状況って、かなり不審じゃない?と。


だから何食わぬ顔でとぼけることにした。


俺は男として世間では通してるわけだけど、世間には俺を女として認識してる一部の方々も存在してるわけなので、
この行事に菓子は欠かせないのだ。

雲雀が目撃してしまったからといて、やめるわけにもいかない。
だからこのまま決行することにした。(雲雀のツッコミ満載な視線はこの際、無視!)


それにしても、雲雀は確か、この日は山のようにチョコもらってるはずなんだけど、手ぶらってことは捨ててしまったんだろうか。
それはちょっと気になる。・・・怖くてきけないけど。

そもそも雲雀が、告白してくる女の子がいたとしても「嬉しいよ」なんて微笑む姿は想像しにくい、いや想像不能といっていい。


・・・雲雀って、昔からもてるのに、淡泊だからなあ。

顔は男の中では相当綺麗だ。頭も、いい。
(少なくとも勉強できなくて困ってる雲雀は見たことがない)、

腕っぷりの方は強い、というかもう少し弱い方が彼女の立場だったら嬉しいだろう。
(俺が雲雀の彼女の立場を考えるのも変なんだけど)

だって強すぎるのも災難だ、恨まれるかもしれないし、とばっちりがくるかもしれないし、
いつ自分にトンファーが飛んでくるかヒヤヒヤする。
-----あ、脱線した。

とにかく、もてる癖に昔からバレンタインとか恋愛がらみの記念日には無頓着な雲雀が、
手ぶらでいつのものように家に遊びにきたのは普通のことだけど、いかに平穏にスルーするかが、今、問題なんだ。



* * * * * * * *




「・・で、どうして雲雀は、俺についてきてんの?ちょっと出かけるだけだから、うちで待ってればいいのに」

怪訝そうに翼はきいてくるけど、どうしてわからないんだろう。
君が今持ってる、先刻作ってたお菓子が問題なんじゃないか。


「別に。・・・暇だから。僕がついていって、何かまずいことでもあるの?」


綺麗にラッピングされた二つの箱。
一つは、缶に入れられたチョコクッキー。もう一つの大きめな箱は、ガトーショコラとかいうケーキの箱だ。

既に僕の興味は、「なんで男の翼が、バレンタインの菓子なんて作ってるのか」から
「いったい誰にプレゼントする気なのか」に移っていた。


----昔から、翼はけっこうもてるタイプだ。

理数系限定だけど成績がいいし、どちらかというとフェミニストだ。
翼の笑顔は同性異性問わず、惹きつけるものがあったから、バレンタインには、
クラスの子や下級生の女子数人からチョコレートをもらってた。

僕と違って、翼には大抵、プレゼントに便乗した真剣な告白がつきものだったけど、
いつもその場で「気持ちは嬉しいけど、ごめんね」と断っているらしい。(噂や、後で翼本人に確認したところ)

もし翼が、ずうずうしい不似合いな女と交際しようとしたら、相手の女を咬み殺してやろうと思ってたけど、
淡泊なのか鈍感なのか、今まで翼はどんな子とも付き合おうとはしなかった。


理想が高いのかと思って、それとなくきいてみたら

「高いも何も。俺って、そもそも理想とか特に無いよ?」
と素で返された。



「顔は特にこだわらないなあ。所詮、顔の皮一枚の問題だし、くっついちゃえば関係ない」


翼は目が悪いから、眼鏡を外せば相当の美形だって事を自覚してない。
僕としては、翼と並んで釣り合わない女なんて、視界に入るだけで不愉快だ。

でも・・・くっつけばって、深く考えると大胆発言だね。
もしかして、僕の知らないうちに女ができて-------あ、気分が悪くなってきた。どうしてだろ。




「成績悪くても一緒に勉強できれば楽しいし、運動オンチならデートは映画や遊園地に行けばいいよね」


頭が空っぽな女が、翼と付き合うなんて僕が許せないんだよ。
運動オンチ?冗談じゃない。少なくとも、僕が認めるくらい強い奴じゃないと嫌だね。



「俺の場合は、もっと根本的なとこが問題で交際はちょっと遠慮してるのさ」

と何故か苦笑いされた。
翼の真意が掴めなくて、僕はそこで言葉に詰まる。
・・・幼馴染みなんだから、逃げないで欲しいのに。翼は肝心なところで僕に、深くまで踏み込ませない。



二つの箱を入れた紙バックをもって、けっこう上機嫌で歩いていく翼の少し後ろを、僕は悶々としながらついていく。
顔になんてださないけど、ずっと気分は悪いままだ。


・・・実際、翼は僕が見張っていないと、ろくでもない女と付き合いそうで目が離せない。
バレンタインデイに、男に菓子を貢がせるなんて、まともな女のはずがないじゃない。







後ろから、「僕は気にくわないことがあります」って雰囲気をまきちらしながらついてくる雲雀に、
俺はひやひやしていた。

そりゃあ表情には出てないかもしれないよ、でも不幸なことに幼馴染みのよしみで空気は読めちゃうんだって!


ちょっと菓子を届けにいくだけなんだから家でテレビでもみて待っててくれればいいのに、ついてきちゃうし。
こうなったら早いとこ終わらせて帰ってから、食べ物で釣るしかない。

(幸い、冷蔵庫に材料は沢山あるから、雲雀の好きなハンバーグでご機嫌をとるのがベストだろう)



俺は、郵便局に足を向けた。雲雀も当然、後をついてくる。
用意してあった伝票を窓口に出していたら、覗き込んでびっくりした顔になった。


「×××研究所○○研究室・・・」



そう、父さん宛だよ!
・・・娘バカの。(ぼそっ)

ずっと帰ってこないくせに、昨日、「父さんは娘からのチョコが欲しい・・」なんて、哀れっぽい口調で頼まれたんだよ!
断れないじゃないか。



俺はチョコクッキーの缶の包みを窓口のお姉さんに預けて、さっさと外へでた。
雲雀はまた黙って後をついてくる。


・・宛先が家族だから、そんなに不自然には思われなかったよね。



できれば、次の場所も、何事もなくスルーして欲しい、なあ・・





チョコクッキーの方は、風見の小父さん宛だったらしい。・・・少しだけ、ほっとした。
なんで僕がほっとしなきゃならないのか、それは不愉快だけどね。


風見の小父さんは科学者でかなり変わってる。
今はずっと留守にしてるけど、父親だし、翼にふざけてお菓子を要求するのは充分あり得るなと思う。


・・・でも一番気になるのが残ってるよね。
大きめのガトーショコラとかいうチョコレートケーキ。だってあれが家族用なら、こっちはどう考えても本命用だろう?


・・・・・・


なんか・・胃がむかむかする。
おまけに、胸まで重苦しくなってきた。



まあ、いい。
誰が相手でも、僕が居合わせたのが運の尽きだ。


「咬み殺す・・・」


僕はようやく、笑えた。
そうさ、とりあえず相手を消してしまえば、きっと、このむかむかはおさまるような気がする。




なんか、今、すごく聞き慣れたそれでいて世界で一番不吉な台詞が、聞こえた・・!!


うわ、背中に鳥肌。(雲雀の殺気で)
なんで俺は幼馴染みに背後をとられて、びびらなきゃならないんだろう。

俺には雲雀がどうして笑ってるのか、臨戦態勢とっちゃてるのか、わからない。
トンファーなんて散歩中に出すもんじゃないよね?


ああ、もう本当に、さっさと家に帰りたい。

ようやく目的地が見えてきた。
うっそうとした緑の森に入って、綺麗に整えられた石段を、登る。
高さが結構あるけど、俺は通い慣れてるから苦ではない。


殺気がちょっと薄れたから振り返ったら、雲雀は不思議そうな顔をしてた。


「翼。・・ここでいいの」
「うん?そうだよ」



並盛神社。
お祭りでも、新年の初詣でも、並盛の人達がお世話になるところでもあるけど、俺にとっては小さな頃から
見守って育ててくれてる人がいる、とても身近なところだ。

うん、それにここの人は、雲雀に噛み殺されたりする玉じゃないから大丈夫だ。
・・多分。




神社の境内の中は、冷たい冬の気配でしんとしてたけど、空気が澄んでいてとても気持ちが良かった。
すたすたと社務所に上がり込んで進んでいく翼の後ろを、僕は黙々とついていく。
もしかしたら、と思った。多分、僕の想像が当たってるなら・・・


「おお、今日は雲雀のぼんも一緒か」


広い檜の廊下中に響き渡る、大きな声。
でも、背は僕より一回りも小さいだろう人影だ。

もう70はとうに越してるだろう、顔見知りの並盛神社の宮司が、にかっと口を釣り上げて笑いながら僕達を出迎えた。
いつ見ても、猿の惑星というか、人類の起源がなんとなく推定できるような特徴のある顔立ちの人だ。




「こんにちは。これ、健ちゃん達と食べてください!以前、美味しかったって言ってもらったから大きめに作ってきました」

翼がぺこりと礼をとってから差し出したケーキの包みを、宮司はほくほくと受け取った。




なんだ、宮司とその孫達の好物だから、ケーキ作ってたの。
・・・拍子抜けも、いいところだ。


翼は、この神社で小さな頃から武術を習ってる。
風見の小父さんと宮司が知り合いで、おむつがとれない頃から世話になってたらしいよ、と
翼が言ってたのを僕は思い出す。つまり、家族同然の付き合いということだ。


「雲雀のぼんは、翼の後ろにくっついてどうしたんじゃい」
「貴方には関係ないと思うけど」

「ほっほっほ。バレンタインに、いい男同士がつるむなんぞ、色気もへったくれもないのー」
「その男に作らせたケーキを喜んで食べる人に、言われたくないよ」



別に、僕は宮司を嫌いじゃない。
立っているだけでも、空気に溶け込む気配でこの人はとても強いということが伝わってくる。
やり合えるなら、一度戦ってみたいとさえ思う。

ただ何となく、ひっかかる物言いをいつも、してくる人だった。・・・昔から。



俺、お茶を淹れてくる〜と、翼は奥の間へぱたぱた去っていってしまった。
勝手知ったる他人の家、といった所なのだろう。



「やれやれ、冷えると腰にくるわい」

宮司が卓のある部屋へ入っていって、手招きしてくる。じきに翼もくるだろうから、僕は黙ってついていった。
襖を開けてあるから、神社の落ち着いた日本庭園がよく見える場所だ。腰を降ろすと卓をはさんで向かいに宮司も落ち着いた。



「中学に上がっても変わらず、お前さんの噂はあちこちでよく聞くの。雲雀の暴れ坊主。
 変わらないといえば、翼とつがいでいる時は比較的大人しいってとこかの」

「番いって雄雌じゃないと成立しないよ。僕は僕のやりたい事を、これからもやるだけだ」

「そうじゃのう」
「・・・なんなの」


僕は不機嫌になってた。自然と声が低くなる。
皺だらけの宮司の目尻が、へたりと下がった。


「雲雀のぼんは、変われぬか。あの子は、変わってゆくのにな」


翼の、こと?


「あの子は変わって、到底ただ人には留められぬモノになる。・・・それがつがいの、雲雀のぼんでも、の」
「・・何を言ってるのかわからない」
「置いてゆくものも、置いてゆかれるものも、等しく、さびしい、ということかの」



・・・さっきまで軽くなってた胸の奥が、また痛くなるのがわかった。



これは何だ。

翼は、幼馴染みだ。
今まで誰よりも、僕の傍にいたんだ。僕が一番、翼のことを知ってるはずだ。
それは変わらない。ずっと、僕が望む限り、変わらないはずなのに。

どうしてこの宮司の一言に、揺れるものがあるのか、




「お待たせしました。・・って、雲雀、なんか顔色悪いよ?もしかして外が寒いから冷えちゃった?」


お盆に湯飲みをのせて戻ってきた翼が、しゃがみこんで心配顔で僕を覗き込む。
警戒心なんて欠片もない、いつもの顔で。
-------いつも通りの、綺麗な瞳で。



もしこの瞳が変わってしまうなら

(僕はどうすればいいんだろう)



「何でもない。・・それより翼、お茶頂戴」
「はいはい。もう・・マイペースなんだから。余所のお宅では少しくらい殊勝にしてよね」
「ほっほっほ」



何事も無かったように、空気が和む。

僕は熱いお茶を黙って飲んでから、顔を上げた。
宮司と、視線がかち合う。



「つがいなら、死ぬまでそのままだよ。僕は僕のものから手を放したりしない」
「ほっほっほ」
「・・・ねえ、二人とも何の話ししてるの?」



悪いけど、君には教えてあげないよ。

君は変わらずここにいれば、いいんだから。





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