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5月5日の乱−後編(終)

朝は和食がいいという雲雀のリクエストに応えて、今朝の献立はご飯と味噌汁と卵焼き、
赤魚の煮付けとほうれん草のお浸しだ。

日々の家事にますます手慣れてきてる、自分の適応力に乾杯。


結構食べる雲雀のために、ご飯を丸くよそって渡した。これ、こんもり丸く盛りつけるのがなかなか楽しいんだよね。

(私はちょっと少な目だから平らだ)



「そういえば、僕の誕生日には何か希望をきいてくれるんだよね」
「あ、決めてくれたんだ。うん、何でもいいよ。言って?」


今日は5月5日。雲雀の誕生日だ。
でも・・初めてだ、プレゼントなんて渡すの。ちょっと緊張するなあ。

幸いお小遣いは今、多めにあるから大抵のものは買えるはず。


お味噌汁(今日の具は絹さやと豆腐)を、ふうふういって冷ましながら食べてて、
お財布に幾ら入ってたかなーと考えを巡らせていたら


「じゃあ、今日から 翼、風紀委員になってね」


ぐふっ

飲み込みかけてた豆腐が気管に逆流寸前の危機。

ちょっと待て雲雀・・
それ既に「贈り物」の範疇じゃないよね!?



「無理、俺が風紀委員って・・普通にそれは無理があるよ、雲雀!」
「どうして?委員会活動くらい、他の生徒だって、普通に参加してるよ」


すました顔で、雲雀はもくもくと朝ご飯を平らげていく。
こいつ、絶対、わかって言ってるだろ・・・!

私が無理って言ってるのは、風紀が「普通の委員会」という範疇にはとても含まれないからなんだけど。

有り体に言えば、雲雀が番を張ってる(あ、昔風の言い方かな)「不良集団」だろ、
と喉元まででかかったけど・・・止めた。

誰だって命が惜しい、とりあえず今はすがすがしい朝の風景、ここにいきなりトンファーの登場は御免願いたい。

(雲雀のトンファーは、昨日からうちの父さんによってバージョンUPしたばかりだ)




「『何でも言って』って、 翼、ついさっき言ったよね」
「いやそれは、買える物ならって意味で・・・」



風紀委員会に入るって、「人身御供=自分をプレゼント」と同意語じゃないだろうか。
この凶暴な幼馴染みがトップを張る集団の一員。ってことは。

・・喧嘩の毎日、絶えないケガ、他校生にからまれる日常・・・
ああ、ボロボロになってく(心臓に超負担)自分が想像できる・・!


「折角の誕生日なんだから、記念になる物を雲雀が選んでくれると嬉しい・・なーって」

全力で(遠回しに、婉曲に)断ろう。
そんな決意も、やや不機嫌な幼馴染みの一瞥で粉砕される。



「僕は、自分が欲しいものは自分で手に入れる主義だって事、言ったはずだよ。
だから、買えるものなんて、プレゼントにならないんだ」

「へ、屁理屈じゃん・・!」


どこまで俺様なんだ。


「俺はね、雲雀・・ほんとーに、喧嘩はもうしたくないんだ」
「しなければいいじゃない。元もと君は、事務を担当してもらうつもりだからね」

「風紀に入ったら、友達に避けられるだろ!俺、普通の学校生活送りたいのに」
「ガクラン着るのは風紀の活動をしてくれる時だけでいいよ。他の時は普通に制服着てれば、教室でも浮かないと思うけど」

「風紀って、朝の仕事が早いだろ?俺、正直言って朝は苦手だから・・」
「僕が迎えにきてあげるから、大丈夫だよ。それでも起きられないなんて言わないよね?」


ああ言えばこういう。
雲雀は立て板に水、という感じで逃げ道を次々を潰してしまう。


「最近事務作業が本当に多くて、苦労してるんだ。他の委員は書類を扱うのが苦手な奴ばかりで
使えないから、少しでもいいから幼馴染みの君に助けてもらえたらって・・思ったのにな」

いつもながら優雅ともいえる所作で音もなく箸を置いた幼馴染みは、見た瞬間後悔するような邪悪な笑みを浮かべた。



「君、あくまで僕が折角だしたプレゼントの希望を断るつもり?」



ひく、と喉が鳴った。

やばい・・・雲雀は本気だ。

これは「逆らったら咬むよ」というオプション付き、今まで言い争いをしてきた時に、
幾度となく雲雀が我が儘を押し通してきた時の顔だ。

そして止めの一撃。



「冷たいんだね」




・・

負けた。

私はいつもこうだ、この幼馴染みには弱い。とことん弱い。
箸を握ったままがくりと項垂れてつっぷした。もう泣くしかない。
・・朝ご飯がしょっぱくなってしまう・・



「わかったよ。入るよ、入ればいいんだろ・・風紀委員」
「うん。今日から、僕と一緒に並盛の風紀を守ろうね」


雲雀は男なのに時々、つい見惚れてしまうくらい綺麗に笑うんだ。
(できればこんな哀しいシチュエーションで見たくなかった)


この横暴な幼馴染みをいっそ嫌いになれたら楽でいいのに、という薄情なことを私が考えていたと
知れたら、咬まれていたに違いない。

それはもう、100%の確率で。


*  *  *  *  *  *


再び、雲雀と一緒にやってきた並盛ショッピングモール。
祝日だから、まだ早い時間帯でも結構な人混みだ。

普段ならこういう場所は嫌がるくせに、今日の雲雀は平然・・・というかかなり機嫌がいいみたいで
眉間に皺も寄ってない。(そのくらいしか違いが無いといえばお終だ)


「じゃあ、必要なものを買いにいこうね」

会話の運びは、もう風紀委員中心で進んでる。
きっと雲雀の頭の5割は、風紀活動で埋まってるんだ。
(残り5割は「咬み殺す」で決定)


陸揚げされて3日目のマグロみたいな目をしてる私に比べ、雲雀はいつものガクランを
翻しながら颯爽と先を歩いていく。

わざわざ自宅で着替えて再び家まで迎えにきてから、逃げないように、がっつり私の腕を掴んだままだ。
そろそろ、泣いてもいいだろうか。


「あのさあ雲雀・・どこ行くの」
「この店だよ」


洋品店・・?
普通だ。あれ、ここって学生服専門店だよね。見覚えが。
学生服・・・・・って、ガクランか!


ようやく腕を離してくれた雲雀が、慣れた感じで店員と話しているのをちょっと離れて見てた。
なんかこういう店って慣れないから。(この前、制服を買ったのが初めてだ)


「じゃあ採寸しますね」
「ええっ」

メジャー片手のにこやかな女店員に、あれよあれよと言う間に、胸囲や袖丈、ズボン丈を測られた。


「もしかして、もうガクラン買うの!?」
「当たり前。今日から君は風紀委員ってさっき言ったよね、僕」


慌ててるうちに、さっさと会計まで済ませてしまった雲雀には唖然とするしかない。

「俺、払うから!」
「風紀に関する事は、お金出させなくていいんだよ」


けして安くはないその金額をだせるって、一体費用はどこから調達してるんだろう。
見てはならない幼馴染みの、裏の活動内容をかいま見た気がする。
・・・そして私も今日から、目出度くその仲間入り。


ガクランは、箱に入ってるそれを、店員さんが手提げに入れてくれて、雲雀がそれを差し出した。



「じゃあ、着替えてきて」
「今!?」


今日は雲雀の誕生日だ。(とんでもない事になったけど)
どこか、雲雀の好きな場所に行こうと思ってたのに、ガクラン着ろって。
一体どこに出かけるつもりなんだ。


(すごく嫌な予感がするなあ・・)


案内されるまま更衣室を借りて入った。今着てる服は店が後で家に送ってくれるそうだから、荷物にはならない。
ぱか、とガクランが入ってる(だろう)蓋を開けた。
と同時に、声にならない衝撃が。


「・・!?」


目立つ。・・なんてものを超えてる。
ただでさえこの並盛で、ガクランを靡かせて闊歩する「雲雀恭弥」の隣を歩く私は
痛い注目を浴びてきたけど、これはその比じゃない。

穴があったら埋まりたい。
でも更衣室の外には雲雀がいて絶対、逃げられない・・・!



(うう・・せめてガクランの時は、いつもの自分と外見が、少しでも別人に見えるようにしよう)


逃げることは諦めた。
胸ポケットを探って、しまっておいた小さなケースを、取り出した。




携帯で指示をだして、既に僕のオートバイをこの店先まで運ばせてあった。
買い物がすんだ以上、早くこの羊の群れだらけの繁華街からでてしまいたいからだ。

多少強引だったけど、首尾良く 翼を風紀委員にすることができたから、僕は戦果に満足していた。

・・昔から、 翼は僕の願い事に弱いのは相変わらずだ。

滅多に言わないから破壊力があるのだろう。それをわかってて、僕も利用するんだけどね。
思わず口元がゆるんでしまう。僕も、修行が足りないのかもしれない。



「雲雀、いる?着てみたよー」


少し離れた更衣室から出てくる気配がする。軽い、足音。「すみません。じゃあこれお願いしますね」と
翼が、店員に着替えの入った紙袋を手渡しているのがわかった。

店員は、惚けていた。はい、と口だけ動かして僕のほうへ歩いていく 翼の後ろ姿を、
呆然と見送ってる。僕も、目を瞠っていた。


翼・・・?



「お待たせ。・・・何、俺の格好、どっか変?」

ガクランの首元がきつく感じるのか、 翼は細い指先で衿をいじっている。



「眼鏡、どうしたの。見えてるの?それで」

「うん、コンタクトだから。昨日の父さんからの荷物に、新開発したんだってそれが入ってたから、
今日から試そうと思ったんだ」



そう、 翼は眼鏡をしてなかった。
ガクランは僕が見立てたんだから、そっちは驚かなかったんだけど、予想以上にそれも細めの体躯に
よく似合ってて、そしていつもは眩しげに見えない視界で僕を見上げてた翼が、真っ直ぐに僕を見ている。



今、危なかった。・・・うっかり禁句を言いそうになったよ、僕。


(「女の子にしか見えない」なんて言ったら、君は絶対、キレるからね)


もともと顔立ちが整ってる上に、印象的すぎる大きめの黒い瞳が際立って人目を惹く。

ふわふわの綺麗な髪が肩に軽くかかって、ガクランの衿から覗く白く細い項。

振り返る仕草も、軽くしなやかで武道を嗜んでいるから、動きに無駄が無い。



そして、僕が翼のために選んだガクランは、白。
黒をまとう僕と、対をなす色。そしてとても、翼に似合っていた。

---僕が「獣」と呼ばれるなら、君は一体何だろうね。



所詮どうでもいい事だ。
いずれ周りの奴等が勝手に渾名をつけるに決まってる。

気が付くと、さっきの店員と一緒にレジにいた若い男の店員も翼に見惚れてる。
いつもなら咬み殺すけど、無理もないから今回は放っておくことにした。



-----幼い頃、眼鏡をかけてなかった翼は怪しい男に拉致されかかった事がある。

「お嬢ちゃん、おじさんと一緒にいいとこにいこうか」
といきなり公園で腕を捕まれて、連れていかれそうになったんだ。

僕はたまたたま離れていたから駆け寄ったけど、その時の翼の罵声がすごかった。


「俺は男だっ!この変態野郎がっ!」


怒鳴ると共に、男に痛烈なキックを浴びせ習い立てだったらしい一撃を急所に見舞った
ものだから、その場で男は救急車送りになった。


以来、翼は自分が女顔なのを気にしているのか、「女みたいだ」とからかわれるたびに
喧嘩嫌いを返上して、徹底的にそいつらを潰してきたから、いつしか誰もそんな命知らずな
事は言わなくなっていた。




「このガクラン、白だろ?もう目立つし、恥ずかしいからいつもと別人っぽく見えたらいいなと思って、眼鏡外したんだ」

「・・・そう。まあいいんじゃない、そのほうが動きやすいだろうし」



いつも大きめのブレザーの制服を着てビン底眼鏡をかけてた翼しか知らない人間は、この姿の君を同一人物とは気付かないだろう。

ぱっと見は全く目立たない並盛の一生徒と、一見女にしか見えないガクラン姿の美形。
僕は翼の素顔は見慣れてるけど、別人だと思う人間がほとんどに違いない。



「僕もそのほうが都合がいいしね」

「?なに、それ。・・まあいいや、それより二人ともガクラン着て、これからどうするんだよ、雲雀」


一緒に店をでて、僕のオートバイを見て「うえっ」と何とも言い難い呻きをあげて嫌そうな顔を
したのを僕は見逃さなかった。

翼はスピード系の乗り物が苦手だからね。
(ジェットコースターにも乗れないなんて、なんか可愛いよね)


「まさかさ・・これ、乗れって言ったりする?」
「当たり前。乗って」


メットを渡してさっさと跨って促すと、早々に諦めたようで翼は大人しく後ろに座った。
「とばすから捕まってないと落ちるよ」と言うと、慌ててしがみついてきた。


(怖がってる君には悪いけど、これからもっとスリルを味わうことになるからね)
性格が悪いと思いつつ、心の中だけで僕は嗤った。



*  *  *  *  *


数時間後、僕達は並盛中に向かっていた。
ゆっくりと走らせるバイクの後ろでは、翼がぐったりしている。

体重をかけて僕の背中にもたれてるけど、ちっとも重くない。
・・以前より軽い気までするから、痩せたんだろうか。


「ひどいよ雲雀・・俺、あんなにやだって言ってたのに」

「何言ってるの。君に喧嘩させた覚えはないよ」

「あの状況で、よくそんな事言えるよね・・・鬼か、俺の幼馴染みは肉食な上に、鬼だったんだ〜」


疲れきった声でも文句だけは忘れない。
僕のやることに言いたい事言えるのなんて、君ぐらいだって事絶対わかってないよね。


翼を白のガクランに着替えさせた後、僕はバイクで巡回がてらあちこちの群れを咬み殺してまわった。
休日の、普段通りの僕の行動だ。

ただ違うのは、今日は傍に翼がいたこと。


「こんな血まみれの誕生日ってありデスカ、怖すぎ、血が臭うよー」
「うん、ありだから。僕の誕生日だし。すごく楽しかったよ」



今の格好は、二人とも返り血まみれだ。僕は黒のガクランだから対して目立たないけど、翼は白だから鮮血の赤は、異様に映える。
夕陽が落ちる時刻だ。もうすぐ暗くなるし、ちょうど引き時としては良かった。



「何だかんだ言っても、翼は一切手を出してないしね」

「当たり前だって。俺としてはどの人も縁も恨みも無いんだよ?でも雲雀が俺の隣でボコボコ
改良トンファーで殴り倒すから、とばっちりで血は飛ぶは、俺に倒れかかる人や勢い余って
俺に殴りかかる人を避けなきゃで、精一杯だったよ!」



軽口をい言い合ってるうちに、校舎が見えてきた。門は開けさせておいたから、校庭の入り口まで入ってバイクを停める。
降りてメットを脱いだ翼が、固まった。


「雲雀・・・」
「何」
「今日、祝日だよね?」
「うん、そうだね」
「なんで学校休みなのに、みんないるの」



校庭の一角に、黒の集団。
僕らを迎えたのは、風紀委員の連中だ。草壁が軽く、礼をとる。

僕はかまわず進んでいった。
後ろには翼が躊躇いながらついてくる足音がする。

並んでいる委員の連中から、一段高い段上に上がった。


「新しい、事務担当の人間を紹介するから。覚えておくようにね」


僕の一言に、緊張した面持ちの委員が視線をあげて一斉に注目する。
群れている光景は見るだけで苛立つけど、今だけは見逃してあげるから。
僕は翼を促して、隣に立たせた。


「何でもいいから、手短かに言って」


状況から翼も、何をすべきかわかったんだろう。軽く頷くと前を向いた。
目の前の群れは、その姿に一斉にざわめいた。
先日のタイマンの件で翼にのされた連中も多いから、その何人かは気付いたかもしれない。


・・確かに珍しいね、僕の隣に誰かが立つなんて。
-----いや、やはり翼の「この姿」に驚いたのが多数か。


僕は心の中で、薄く笑っていた。
純粋に、楽しいという気持ちが高揚と共に沸いてくる。

(さあ、折角「僕のもの」を君達に見せてあげるんだから、よく目に焼き付けてよ)


すう、と翼は息を吸った。
高めの透明な声は、マイクなんてなくても夕暮れに染まる校庭の隅々まで響くように通った。


「風見翼です。今日から風紀委員に入りました」

一息、ついて。照れたように付け加えた。
「俺は事務担当です。喧嘩は好きじゃないから、これからも遠慮しますが、どうぞよろしくお願いします」


一瞬で、空気が変わった。
最前列で、草壁の口から葉が落ちる。
他の委員達の顔が一斉に恐怖に歪むのを、僕はひどく楽しいと思いながら見ていた。


(風紀委員になった人間が、僕の隣で喧嘩が好きじゃないと言い切った)


でも、僕は何も言わない。
それを言ったのが、翼だから。
その「意味」を、彼等はすぐに知るだろう。----どれほど、君が他と異なる存在か。


戸惑い怯える委員達の目は、畏怖の思いにまみれて翼から目が離せないでいる。
その幾多の目に、真っ白なガクランの鮮血はどう映るかは明白だ。
僕と同様に、傷一つない翼の姿の「意味」と共に。


戦う僕の隣で、「戦わない」ことを許される存在。
戦う僕の傍で、傷一つ負わない技量と強さの証明。


それらが彼等の間で、どれほど得体の知れない畏敬を呼ぶことになるか、容易に予想はつくから。
きっと君は、「喧嘩を好きじゃなくても」大丈夫なんだ。


(充分、風紀委員としてやっていけるだろう)



隣で、僕を見上げて翼が笑う。
「ええと・・これで良かった?雲雀」


・・・ああ、これだけは失敗だったかもしれない。
僕らを見る群れの中、今の笑顔にぼけっと見惚れる奴らが多数出現したのを、僕はうっとうしいと思いつつ少しだけ後悔する。


(自慢の幼馴染みだからって、君をタダで見せてやるなんて僕としたことがサービスが良すぎたね)

こんなに綺麗に笑う君は
僕の懐でずっと、隠しておくのが最善だったかもしれないと思ってしまうから。




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