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5月5日の乱−前編

スリーサイズ、そういえば1ヶ月くらい前に、父さんから電話があった時聞かれたんだっけ。
後で「なあんだ、俺のサポーター作るためだったのか」って単純に思っちゃったけど。

私の心臓を止めるのは、きっと実の親に違いない。
父さん・・・なんてことやらかしてくれたんだ!


「Cだね」

(ちょ、待って、平然とサイズチェックされたー!)


あああ、何が哀しくて幼馴染みに胸のサイズまで暴露されなきゃならないんだろう・・!
我ながらすごい早業で、雲雀の手からソレを奪い取った。

奪い取った、けど・・視線が痛い。


下着から離れた雲雀の注目は私に当然集中するわけで。

あの。
ガン見は止めてください、風紀委員長。(視線の冷たさにもはや幼馴染みと呼べない)

慌てて元の紙袋にソレをしまいこむ。
証拠隠滅しよう、もう一刻も早く!


「や、やだなあ、父さんまたふざけて変なことして!後で送り返しておこうっと!」
やば、声が裏返った。←焦った


「どうして隠すの、翼」

「か、隠してるわけじゃないって!大体こんなのじろじろ見るなんて変だろ」


まだ雲雀は疑いでいっぱいみたいだ。というか・・むしろ怒ってるような気がするんだけど気のせいか!?


「いくら小父さんが変人でも、ふざけただけにしてはおかしくない?」

「そんな事ないって!どこに出しても恥ずかしいくらい変だから!(自分の親でも庇いきれないよ)」


「じゃあ、『頑張れ』って何」

「し、思春期の息子を、からかったんだろ、きっとそうだって!(これ以上つっこむな雲雀、頼むから)」



後で思い返すと-------

もうこれ以上問いつめてくれるな、という気持ちで一杯できっとこの時、私の顔は真っ赤だったと思う。
だって顔がすごい熱かった。

下着をしまいこんだ紙袋を握りしめたまま、自分の秘密にしておきたいものが
心の準備もなく幼馴染みにバレたことで、もう臨界点突破寸前だった。


「・・・もう、いいよ」

俯いていたから、頭のてっぺんあたりで聞こえた、声。

「残りの荷物、早く片づけたら」


唐突に、雲雀のほうから沈黙を破って、さっさと部屋を出ていった時は、もう身体から力が抜けてほっとした。

あまりのばかばかしさに、きっと呆れただけだったんだと、簡単に結論づけて安心した。

だからこの時、雲雀がとんでもない誤解をしてた事に気付くのは、ずっと後になってからだった。




闇の中で、目を開く。

隣の布団からは、翼の規則正しい寝息がきこえた。
さっきまで慌てて真っ赤になって狼狽してたなんて嘘みたいに、安心しきった油断しまくりな寝顔で、
僕の方へ顔をむけて丸くなるようにぐっすり眠っている。


翼は、知らない。
普段の僕は、葉が1枚落ちる音でも、目が覚めてしまうという事。


言っても信じないかもしれない。

だって昔からここで一緒に昼寝や泊まる事が当たり前だった僕は、翼と一緒の時はぐっすり眠っていたから。
あまりよく眠っていて、翼が先に起きて僕を揺すり起こすことさえ時々ある位だ。


「朝だよー雲雀ー」と、少し寝ぼけた声で僕の身体をゆすってくれる感触がどこか心地良くて、
二度寝しそうになった事もある。
そんな平和な朝、いつもすぐ隣にあった温もり。


翼の腕が布団から出てて寒そうだから、引っ張って元通り布団の中にしまってやった。
でも、戻ろうとする僕の手は、布団の中で寝ぼけた翼の手のひらに捕まって動けなくなっていた。

・・別に嫌じゃないから、僕はそのままじっとしていた。

暖かな布団の下で、手と手の体温が重なる。
翼の長い睫が、少し震えたように見えたけど起きることは無かった。

障子越しの僅かな月明かりに浮かび上がる翼の顔を、眠気なんてとうに冴えた目で飽きることなく僕は見つめていた。


今日、気付いてしまった。

この温もりも、君の声も、僕を起こしてくれるその手も、いつか離れていくのだと。

いつもなら翼の寝顔をみるとほっとするのに、今の僕は、胸の中心に氷を抱いてるみたいに寒くて辛い。



(こんなの、僕じゃない)


否定の言葉はいくらでもでてくる。
でもそれが事実だと僕自身気付いてしまった今、どこにも逃げ場は無い。



------小父さんが翼に送ってきたあれ。

僕は「幼馴染み」なんだから、翼を笑ってからかうのが「普通の」反応だった。



(翼、彼女できたの?生意気だね)

(小父さん公認なんだ)


僕達は年頃で、男同士だ。
照れる不器用な幼馴染みをからかって、肩をこづいて、「どんな子なの、紹介しなよ」
と質問責めにして、困らせたりして。

それがきっと、普通の反応だったろう。


でも、僕は、どの言葉も言いたくなかった。
翼の口から、「それ」を聞きたくなかった。


だから、僕は逃げたんだ。

あの時、真っ赤になってた翼が、僕の追求に負けて「実はさ・・」と、口を開いて照れながら
その(誰か)のことを言い出すのを、本能的に忌避して、逃げた。

自分から会話を断って、「もう、いいよ」と背中を向けた。


----アポなし、インターホン無しでいきなりお宅訪問するのだけは止めようよ----

突然、翼が僕に告げたそれは
顔もしらない、君に会いにくる誰かの為なのか。


理由の無い嫉妬に、顔が歪むのがわかった。
今の僕はおそらく、ひどい顔をしてる。

見知らぬ相手への嫌悪感。
そして、自分のものだった翼が誰かを見ていることさえ許せない、僕の、心の狭さ。


(こんな僕を、見ないでよ)

(いつも僕を、見ていてよ)


矛盾している。
相反する。

つかみ所がない感情ばかり、僕を揺らしてる。



背中を預けられる唯一。
僕が安心して眠ることができる場所。

背中合わせの僕は今まで、君が僕と違う風景を見ていても平気だった。



喧嘩が嫌いでも、
僕の知らない誰かと群れていても、
そいつらと楽しそうに話していても、

背中ごしに振り返ればいつも、君はそこにいると思いこんでいたんだ。


------昨日、までは。



----でもね、翼。
僕、決めたんだ。


(僕はもう、君を自由になんてさせない)

君が逃げる前に、捕まえればいいだけだ。
けして逃げられないように、もっと近くに、僕の傍においておけばいい


-----夜の黒、静寂の黒。

振り返ると君がいない光景は、そのどれよりも暗いことを、君は知らない。





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あきゅろす。
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