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今日は貴方に、

トントン、と控え目なノックの音がして椿は顔を上げた。

此処は南棟にある風紀執務室。風紀委員長たる椿の仕事部屋である。

プラチナ以上の<指環>でなければ入って来られない場所なので、椿は仕事関係だろうとペンを置いた。


「…はい?」
「椿さん? 雅弥ですけど」
「…雅弥くん?」


しかし予想したそれとは全く違った名前に、椿はゆるりと瞳を瞬かせた。感情変化に乏しい表情に代わり、小さく首を傾げる。


「入っても大丈夫ですか?」
「…うん、もちろん大丈夫だけど…」
「じゃ、失礼します」


彼が何をしにきたのかが分からず瞳を瞬かせていたが、とりあえず部屋に入って来た雅弥にお茶でも出そうかと腰を浮かせる。

が、他でもない彼がそれを制した。


「お構い無く。…ていうか貴方、こんな日にまで働いてないで下さいよ」
「…?」


机に座った椿の側まで歩いてきた彼が、呆れたように肩をすくめる。

言われた意味が分からずに椿が首を傾げて雅弥を見上げれば、レンズの奥の瞳が苦笑い。


「椿さん、今日が何の日だか知ってます?」
「…水曜日……、資源ゴミの日?」
「…うわ、それマジボケですか?」
「流石に、冗談」


流石に雅弥がそういう事を訊いているのではない事は分かっていたが、特に他に何も思い付かなかったのだ。

とりあえず言ってみた椿なりの冗談に、雅弥はまた苦笑いで返す。いつもの真顔で言うから、冗談が冗談に聞こえないのだ。

頑な表情筋に人差し指を突き立てて、それは鮮やかに雅弥は笑う。


「鈴が、フロマージュを作って待ってますよ」
「…え?」


形良い爪先に眉間を差されたまま、椿は緩く瞼を上下させる。弟とお揃いな母譲りの飴色がきょとりと揺れる。

フロマージュは椿が一番好きな鈴作のチーズケーキだが…。


「………、此処まで言ってもまだ分かりませんか」
「…今日のおやつはフロマージュなの?」
「…………」


何処までも鈍い椿に、雅弥は疲れたようにため息をついた。これが絶対的カリスマたる瀧沢翡翠に次ぐ二年の次席なのだから、信じがたい。

…基本的には聡い筈なのに、変な所だけ鈍い人なのだから仕方ない。

こうなったらもう、直球で言うしかあるまい。


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あきゅろす。
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