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地面にしゃがみ込み、微かに震えている祈を暫しじっと見て…安岐はふと鋭かった視線を和らげた。
「…迷い猫か」
「…へ…」
最悪、追っ手に捕まるよりももっとボコボコにされるかと思った祈は、安岐の呟いた言葉に間抜けな声をあげた。
如雨露を置いた安岐が近付いてきて、しゃがみ込んだ祈をじっと見下ろしている。
「迷い込んだ……いや、逃げてきた。そんな様子か」
「へ? え…、あ…」
きょとんとして安岐を見上げれば、日本人としては少し色素の薄い金茶色の瞳と目が合う。
彼の事がよく分からない祈は、ただ戸惑うばかりだ。
…北条安岐は、自分の領域を侵すつもりで侵入して来た者に対しては、一切容赦はしない。
例えば生徒会や風紀に並ぶ美形である安岐に抱かれたいと願って来る命知らずな親衛隊くずれであったりとか、不良組最強と名高い彼と喧嘩を売ろうという命と身の程を知らない不良であったりとか。…そのような者たちなら、安岐もそれこそ祈が想像したように相手をボコボコにしただろう。
けれど、安岐に危害を加えようという意志はなく、ただ温室に迷い込んだだけの子供を傷付けるような牙は彼は持っていない。
獣は、無駄な殺生はしないという。…まさしく、北条安岐はそんな男なのだ。
故に、温室の地面で震える祈に、安岐が進んで危害を加えるつもりは毛頭ない。
怯える“迷い猫”を安心させるように、安岐は淡々と、けれど怒気は含まない声で言った。
「…逃げるにはそれなりの事情がある。此処でやり過ごすつもりなら、ゆっくりして行けばいい」
「え…」
ぱちぱち、と祈の大きめな瞳が瞬く。
…どうやらこの“都市伝説”は、迷い込んできた祈を受け入れてくれるつもりらしいのだ。
驚き呆然としたように自分を見詰める祈にチラリと視線を流した後、安岐は今度は鋏を取り出して、温室の木の枝を手入れし始めた。
「…あ…」
パチン、パチンと鋏が枝を切る音だけが温室に響く。
じわじわと状況を理解し始めた祈は、一応は匿ってくれるらしい安岐に、驚きと共に深く感謝の念が浮かんできた。
祈はしゃがみ込んだ視線から立ち上がり、走った痛みに一瞬表情を歪めながらも、薔薇の木の手入れをしている安岐に向き直った。
「…あのっ」
「…ん?」
鋏を持ったまま、安岐が振り返る。まるで作り物のように整った彼の貌に見惚れそうになりながらも、祈はガバッと頭を下げた。
「どうも、っ、ありがとうございます…!」
「………」
きっちり45°に腰を曲げた祈をじっと見つめ、何故か安岐は眉間に皺を寄せる。
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