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箱庭の鬼にセイハロー
その日、祈(いのり)は疲れきっていたのだ。
理不尽な嫉妬。それが感情だけで済んでいるのならば、まだ黙殺出来るけれど。あの手この手で、そして自らの手は汚さずに、祈に攻撃を仕掛けてこられるのは耐えられない。
「…はっ…はっ……」
生徒会だか風紀委員だかの手先の、親衛隊に雇われたとかいう更に手先のガタイの良い男たちから、逃げて逃げて。
無駄に広い学園内の敷地を走り続けたら、もう此処が何処かなんて分からなくなってしまっていた。
それでも遠く後ろからは祈を追い掛ける罵声が聞こえていて、足を止める事が出来ずに走り続ける。
(…どこかっ、隠れられそうな場所…!)
今走っている敷地内の林を抜けてしまうと、追っ手を撒くのが難しくなりそうだった。
ばたばたと走りながら周囲を見渡し、ふと視界に入った温室らしき曇りガラス張りの建物に咄嗟に駆け込む。
「はっ……は………はぁ」
入口から少し離れた場所にしゃがみ込み、全力で走り続けてきた為にぜえぜえと情けなく切れた息を整える。
…もしも此処が見つけられたらアウトだが、見つからなかったのなら追っ手たちを撒ける筈だ。
この場所が見つからない確率に賭け、祈はため息を吐いてゆるゆると首を振った。
(………、ところで此処、何処だろ?)
全力疾走の疲労で暫しぐったりと頭を下げていた祈だが、僅かに体力が回復するに連れ周囲を気にする思考が戻ってきた。
顔を上げ、周囲をきょろきょろと見回す。
外から見た見た目通りに、此処は温室らしい。こんな場所にある辺り常用はされていなそうだが、適度に手入れされた様子の様々な植物が並んでいる。
(…?)
パチリ、と祈は瞳を瞬かせる。植物たちの間に紛れ、木製のテーブルセットが置いてあったからだ。
長い間放置されていた…という感じでは全く無く、小綺麗なそれは寧ろ頻繁に使われていそうな様子だ。
…つまり、誰かがこの温室を常用している、という事だ。
(え……)
「…誰だ」
「──!!」
祈が瞳を瞬かせた刹那、不意にかかった低い声にビクリと肩を揺らす。
…先客がいるとは思っていなかった為見落としていた、温室の端。植物に水やりでもしていたのか、如雨露を手にした男が鋭い目つきで此方を見据えていた。
着崩された制服に長身の体躯、黒と金に染め分けられたアシメトリーの髪。…何より古い温室を根城とする、この美形はまさか…。
(う、嘘…、まさか北条安岐…!?)
3-Kクラスに所属する、一匹狼の不良。役持ちではないが、生徒会や風紀と比類する実力を持つと言われる人物。
旧温室を根城としていると噂されるが、実際にその姿を見た者が殆どいない為最早都市伝説的存在となっている彼と、まさか自分が遭遇してしまうとは…。
ある意味では生徒会や風紀よりずっと厄介かもしれない存在に、祈の躰がビクリと強張る。
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