short
blue rain
雨の季節は憂鬱な気分になる。それは、雨そのもののせいと言うよりも、雨が降るといつものように地面に掘った穴の中で過ごせなくなってしまうからという理由でだ。
流石のセインでも、雨に濡れながら半ば泥と化した土の中に埋まる気にはなれない。けれどいつもの習慣を天候に制限されてしまうのは鬱憤が溜まる訳で、セインは雨の間居場所にしている空き教室の中でため息を吐いた。
「……雨、早く止まないかなぁ」
「今日は一日中降っていそうだよ」
「うぇー…」
水属性のヘンリーはある程度雨の気が読めるらしく、雨が降りそうな時や逆に止みそうな時はなんとなく分かるという。今日はまだまだ止む気配を感じないらしい。
セインとは違い、雨で湿気を吸っているとはまったく思えないいつも通りに艶やかな髪をかき上げ、ヘンリーは膝に載せた本のページを捲った。水属は、湿気までも操れるのだろうか? セインはなんとなく、自身の膨らんだ髪の毛先を引っ張った。
狭い穴の中ではないから、今日はいつものようなヘンリーにすっぽりと抱き込まれる体勢ではない。隣に座っているヘンリーが珍しいような、少し寂しいような微妙な心地を持て余して、彼の顔をじっと見上げた。
いつもは後ろから顔の見えない姿勢で抱え込まれる事が多いから、彼の綺麗な顔をじっと眺める機会は案外貴重だ。…ベッドの中では、相手の顔をじっくり眺めていられる余裕なんてないから。
「…………」
自分自身の考えで自爆するようにさっと頬に朱を差したセインに、視線に気付いたヘンリーが振り向く。顔を赤くしているセインに、微かに蒼い瞳を細めた。
「どうしたの?」
「な…っ、んでもない!」
「なんでもない、って事はなさそうだけどね」
赤く染まった頬を伸びてきた指の腹でなぞられ、セインはぷるぷると首を振った。
二人きりの空き教室で、ベッドの上でのあれやこれやを思い出していたなんて素直に白状したら完全にアウトだ。上品そうで甘い顔立ちをしておいて、この男の理性はその実紙のように脆い。それを本人が悪いとは微塵も思っていないところが、なおのこと質が悪い。
「なんでもないって」
「そう?」
くすくすと笑うヘンリーはありがたい事にそれ以上の追求をするつもりはないらしく、ただじゃらすようにセインの頬や輪郭を指先でなぞった。
こそばゆい感触に目を細めると、ヘンリーがまた笑った。パタン、と彼が膝の上の本を閉じた音。
そのまま読んでいた本を傍らに下ろすと、ヘンリーは両腕を伸ばしてひょいとセインの躰を抱え上げた。突然の事に目を白黒させているセインをまるで幼子にするように軽々抱き上げ、空になった膝の上にちょこりと乗せる。
「へっ?」
「さっきからセイン、ちょっと寂しそうにこっちを見てたから」
これならいつもと同じくらいの距離でしょ? とヘンリーは笑うが、いつもは後ろ向きで視線は合わないが、今は向かい合わせに座らされたせいで顔がとても近くて……。
いつもと同じくらいどころか、これではいつもよりも近すぎる。動揺して顔を赤くしているセインに、ヘンリーは甘く微笑む。
「可愛い、セイン」
「……そろそろヘンリーは、眼鏡作った方がいいよ」
目が悪いんじゃないか、という照れ隠しの皮肉も、ヘンリーには可愛く思えるらしい。瞳を覗き込まれたまま、「やっぱり可愛い」だなんて囁かれて、また顔が熱くなった。
暫く注がれる視線に耐えていたセインだが、ヘンリーがふと視線を逸らし窓の外を見上げた。
「…どうしたの? 雨、止みそう?」
「…いや」
彼が意味あり気に窓の外を見るから、少しばかり雨が止むかを期待したのだが、ヘンリーは緩く首を振った。
「……、週末、雨が降っていたら、私と何処かへ遊びに行かない?」
「え?」
窓の外から視線を戻して、雨よりも蒼いウルトラマリンの瞳がセインを見つめる。
恋人からの、そんな提案。それはもしかしなくともデートの誘いだろうか。
「……、えと、雨が降ってたら、なの?」
「だって、晴れていたらセインは穴の中でゆっくりしたいでしょう?」
それは確かに、その通りではあるけれど。
それでも、雨が降ったらデートだなんておかしな話だ。……でも、“変わり者”の自分たちにはちょうどいいかもしれない。
「…いいよ。雨が降ったら、ね」
「うん」
週末、雨が降っていてもいい。雨が憂鬱な筈のセインは、珍しくそう思った。
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梅雨とセインとヘンリー。
雨が降ったら流石に穴の中には籠もれません(笑) セインには雨季は嫌な季節です。そんな嫌な季節を、少しだけ色づかせる恋人との話。
14/6/2〜7/6(拍手掲載)
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