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三週間目の自己紹介

入学式からはや三週間程。教室の窓から見えていた満開の桜はあっという間に散り、青々とした葉桜に変わった頃。世間では黄金週間なんて呼ばれる連休が訪れようとしているそんな時に、ふと後輩が言った。


「そういえば、先輩は名前なんていうんですか?」
「……今更だな、後輩」


初めて会ったその日から、俺がサボリ場所としている教室に行けば、既に先に来ていたり後からやって来たりとほぼ毎日顔を合わせていた後輩は、本当に今更ながらにそう言って俺を振り向いた。

床に貼られたカーペットの上に空気を入れて膨らませるタイプのビニールソファーなんて持ち込み、ごろりと其処に寝転がって携帯ゲームなんてしている、俺以上にサボリを満喫している後輩にため息を吐き、俺は漫画雑誌を捲った。


「そういう時は自分から名乗るべきなんじゃねえの、後輩」
「あぁ…そうですね。俺は上総(かずさ)です。上総行博(ゆきひろ)、1-Cです」


上総、と今更ながらに名乗った後輩の名前を初めて知った俺は、やっぱり後輩の事をとやかく言えた立場ではないのかもしれない。

漫画から顔を上げ、俺も口を開く。


「最上渚(もがみ なぎさ)、だ」
「最上さん……っすか」


今までは先輩、と呼んでいたのに、名字に付けるの敬称は先輩ではなくさんなのか。まぁ、別にいいけれど。

俺は後輩――上総より一学年分年上だというただそれだけで、部活や委員会などで後輩を指導する立場な訳ではない、ただサボリ場所が被っているというだけのただの年上だ。先輩として敬われるいわれもない。


「しかし、今更だな。ずっと訊いてこないから、俺の名前になんて興味ないんだと思ってた」
「訊くの忘れてて。でも、最上さんだって俺の名前知らなかったでしょう?」
「ま、知らなくても困らないからな」


ただサボリ場所が被っているというだけで、俺と上総は携帯ゲームをやったり漫画を読んだり仮眠をしたりと過ごし方はそれぞれバラバラだし、言葉を交わしてもせいぜいニ、三言だった。

先輩後輩とも知り合いとも言えない、せいぜい顔見知り程度の距離感。互いに名乗り合った事で、やっと今知り合いに昇格しただろうか。


「俺に興味ないの、寧ろ最上さんの方でしょう?」
「……、そう、かもな」


まぁ、今まで相手に関する関心が薄かったのは事実。頷くと、上総は眼鏡の下の瞳を細めた。


「なーんか、ムカつくなぁ」
「は?」
「……分かりました、最上さん。これからもうちょっと貴方の関心を、俺に向けるようにしてやりますから」
「…はぁ」


上総だって、別に俺に大した興味はなかっただろうに。相手が素気なくすると追いかけたくなるタイプなのだろうか。


不敵に笑う上総の心中など知る筈もなく、ただ俺はそれに曖昧に頷くだけだった。


14/4/2

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