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表面的平穏
* * *
二日間、依月は熱を出したと言って大学を休んだ。
翌日は少し気怠そうだが何事もないかと思っていたが、やはり俺のしでかしたあの行為はしっかり依月の身体に負担をかけていたのだろう。
見舞いに行きたくともそんな資格がある筈もない俺は、圭也に差し入れを託して「バイトがあるから行けなくてごめんな」と言って彼に会うのを避けた。
顔を見るだけでも気分が高揚するような、大好きな相手だ。会いたくないだとか、そんな事はない。けれどただ、俺には彼と顔を合わせる資格がない。
元々俺と依月(と圭也)とは、同じ大学でも学部が違う。サークルは同じだが、好きな時に部室に集まってだべって行くような活動内容もないようなサークルなので、行かないなら行かないで何の問題もない。会うのを極力避けようと思えば、割合簡単に避ける事が出来るのだ。
そんな日々が、一週間。しかし今日は、俺と依月が唯一被っているドイツ語の講義の日だ。
ただ依月に会うのを避ける為に講義をサボる訳にもいかない。何より、明確に依月に『避けている』と悟らせるのも嫌だった。
たかが90分だ。俺はため息を吐いて、開始ギリギリの時間に教室に入る。教室の隅で、俺の分の席を取っておいてくれたらしい依月がひらひらと手を振った。
「おはよう。珍しくギリギリだね」
「…あぁ、おはよう。ちょっとな、飯食べるのが遅くなったから」
何気ないように話しかけてくる依月に、俺も何気なさを装って応える。そんな些細な嘘を吐く事の後ろめたさなど、俺の先日の行為に比べればそれこそ些細なものだ。
俺が鞄から取り出した教科書を開くのと同時に、チャイムが鳴って教授が入ってきた。
講義が始まってしまえば、基本的に真面目な依月が雑談をしかけてくるような事はまずない。分からない所を訊いてくる事は、たまにあるが。
俺は適当に教授の話を聞き流し単語をノートにメモしながら、隣に座る依月に視線を向けた。
ノートにシャープペンを走らせる依月の様子は、一週間以上前……あの事の前とあまり変わらないように俺には見えた。圭也によると、あの翌日は随分物憂げに見えたそうだが、それは具合があまり良くなかったからかもしれない。
覚えていない、のか。それならいい。今は後ろめたさから顔を合わせづらいが、そのうちその余韻は消えるだろうから。
そう、あの夜の熱さえも。きっと、消える。
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