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不意にカァッと赤くなっただろう僕に、恭祐君が不思議そうに首を傾げる。
「熱でもあるんですか?」
「え、ううん…」
「じゃあ、恋患いか何かですか?」
「こっ…!?」
恭祐君としては冗談半分の言葉だったみたいだが、その一言にドキッと心臓が跳ねた。
恋患い、とは何だろう。いや、その単語の意味が分からない訳ではない。が、僕の知っているその単語は、同性の親友を思い浮かべている時に言われるような言葉ではない。
真っ赤になってぷるぷると首を振る僕に、恭祐君は少しぽかんとした後、にやりと表情を歪めた。
「なんだ、そんなピンクな悩みだったんすか」
「……ホント、そんなんじゃ、ないんだよ……」
彼が思い浮かべるような、そんな幸せな悩みではない。
ピンクというのもあながち間違いでもないかもしれないが、今の僕はブルー一色といった調子だ。
からかうつもりの言葉にも力なく首を振っただけの僕に、恭祐君は悪かったと頭を下げた。
「…まぁ、話したくないなら話したくないでいいですけど。今日休んだら、次は復帰出来るようにしてくださいね」
「……うん、ごめん。ありがとう」
慣れたバイトも碌に出来ないようでは、明日から惣の前で普通に振る舞える気がしない。
そういえば、今日は圭也も何か言いたげにしていたな。やっぱり、誰から見ても今日の僕の様子はおかしかったのだろう。今朝、何とか惣の前で誤魔化せたのが奇跡に近いのだ。
時間が経てば経つ程、あの時の情景を思い出して身体の芯が熱くなる。
仕事の続きを恭祐君に任せ、表にいたマスターに丁重に謝ってから僕は着替える為にロッカールームに入った。
狭いロッカールーム、姿見の前に立つ。鏡の中から此方を見つめてくる僕は、泣きそうな、酷い顔をしていた。
これじゃ、マスターや恭祐君に心配されるのも当然だ。何より、こんな顔で接客が出来る訳がない。
僕はため息を吐いてバイトの制服を脱いだ。心なしか重い身体を引きずるようにして着替え、裏口から店を出る。
「……はぁ」
店から駅までの間、なるべく何も考えないようにしながら歩く。けれど歩調は重く、何だか身体も妙に重い。
ふらふらと帰宅したアパートの部屋、本当に熱があるのだと気付いたのはしばらく経ってから。
知恵熱だろうか? 体温計の表示を見ながら、僕はさっさと布団に入った。
慣れたシーツの感触の中でも、親友の香水の匂いがしたような錯覚がした。
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