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忘れなきゃ。いや、“忘れたように”振る舞わなきゃ。脅迫観念のようにそう思った直後、寝室のドアが開いた。
ドアを開けた相手など確認するまでもない。惣だ。
彼は僕の『親友』。そう強く自分に言い聞かせて、僕は彼のベッドに潜った。
「依月、大丈夫か? 起きてるか?」
「……うん」
小さく頷いただけなのに、僕の声は酷く掠れていた。それはアルコールのせいだけではないのだろうけど、それでもアルコールのせいだからと言い訳は出来る。
惣は相変わらず少し心配そうな表情で僕を見下ろしている。枕元にコト、と水の入ったグラスと瓶入りの薬が置かれた。
「薬、呑めそうか?」
「…ん、ありがとう」
頷いて半身を起こすと、痛むのは頭だけではなかった事を思い知った。躰が、特に下半身が尋常ではなく痛くて怠い。
けれど、これは言わなければ惣には伝わらないだろう。躰の痛みを押さえ込みつつ、僕は差し出された薬を取った。
「う……」
液体の呑み薬は、ドロリとして不味い。顔をしかめた僕に、すかさず差し出される水の入ったグラス。
甲斐甲斐しく扱われるのは、いつもの事なのに、それが何故か気恥ずかしい。僕はゆるゆると首を振って、起こした上半身を再びベッドに沈めた。
「……ごめん、もう少しだけ、寝ててもいいかな?」
「講義は大丈夫なのか?」
「今日は午後からだから」
幸いといっていいのか、今日の講義は三限からだ。もう少し、薬が効いてくるまでは休んでいられる。
「惣は……」
「俺は二限からだから、もう少ししたら出る。でも、お前は時間まで此処で寝ててもいいぞ。予備の鍵置いて行くから、いつも通りに出てく時に郵便受けに入れてくれ」
「…ありがとう」
惣の態度は、いつもとあまり変わりない。だから僕もいつも通りに感謝して、ベッドの中に潜った。
「……」
「……」
惣が何も言わずに此方を見下ろしていたので、僕はその視線を避ける為に瞼を下ろした。
(惣は、昨日のこと……)
覚えているのだろうか? 何故あんな事をしたのか、どういうつもりだったのだろうか?
目を瞑ると疑問が次々と胸の中に湧いたが、彼の意図は分からなかった。否、分からない、という事にしたかったのかもしれない。
考えないように、しよう。今後彼と友達でいる為には、昨夜の出来事は忘れた事にしてしまうのが一番だ。
僕をじっと見下ろす惣がどんな表情をしているかなんて知らないまま、僕はそう自分に言い聞かせた。
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