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日常 - 裏
* * *
ぱたん、と比較的軽い音を立てて閉まったドアに、俺は軽くため息を吐いた。
昼からの講義は一緒だと知れば、あんなに嬉しそうな顔をして。昼食も一緒に、だなんてにっこりと笑顔を見せて。
「……可愛すぎんだろ」
長谷(はせ)依月は、俺の数少ない親しい友人の一人だ。
身長こそ平均並みだが、現代人らしく比較的線の細い躰。染めている訳でもないらしいのに明るい栗茶色をした、寝癖の付きやすい猫っ毛。大学生には見えない童顔と、垂れ目気味の大きな瞳の下左側に泣きぼくろ。
やたらとおっとりとした性格で、やや人見知り。親しい相手にだけは、とても懐っこく笑う。酒には割と弱い方。でも、俺たちと騒ぐのは好きだから、と集まる時にはいつも潰される。
――友人。そう、友人、だ。今のところは、それ以上でもそれ以下でもない。
俺の方の感情は、とっくの昔に友人の枠をはみ出していたとしても。
同性の“友人”に対して、ことあるごとに「可愛い」だなんて思って、ふとした仕草に欲を煽られて。無愛想な面の下に劣情を隠した回数など、考える気にもなれない。
明らかに友人の枠を越えたこの感情を、正直なところ俺は随分と前から持て余している。
「……はぁ」
先程まで依月を寝かせていた自分のベッドに、ため息と共に背を投げ出す。
昨夜から居残るアルコールの匂いと、嗅ぎ慣れた香水の匂い。……その奥に、自分のものとは違うシャンプーの香りらしき匂いを感じ、俺は瞼を伏せた。
好きな相手を寝かせていたベッドの上に横たわる事で、行き場の無いこの感情を昇華させる。こんな何も生まない慰みも、何度目か。
雑魚寝にかこつけて、実際に添い寝してみようかとも、幾度か考えた。けれどそんな事をして、理性を保てる自信が無かった。
今の“友人”としての関係が、嫌いな訳じゃない。圭也が騒いで、依月が微笑んで、俺がため息を吐きながらも付き合って。そんなぬるま湯のような馬鹿馬鹿しい時間が好ましいと思う自分も、知っている。
そして、俺以上にその時間を好いているのが依月だという事も、理解している。
だからこそ、厄介で。
「……好いた相手が好んだものを、俺の方から壊すなんて、な」
そんな事、出来る筈がない。
けれども同時に、理性の消耗も激しくて。
――いつ、爆発するだろうか。
「……依月」
日常が、関係が変わってしまう事に怯えながら、俺はそれでも、彼を望んだ。
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