short
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「今日は、呪文理論?」
「…うん」
開いた教科書を見てヘンリーが問うのに、小さく頷いて答える。
ヘンリーが頻繁にセインの元を訪れるようになって唯一素直に良かった事と言えるのが、先輩にあたる彼に気軽に勉強を見て貰えるようになった事だ。
今までセインには交流のある特定の上級生はいなかった為、レポートは自力で書くか、唯一マトモな友人と呼べる同級生のアリアと進めるくらいしかなかった。
セイン自身成績は良いとも悪いとも言えず平均的な方で、普通にレポートを進めていればいくつかは難しいと思うところも出て来る。
そういった所を分かり易く教えてくれる存在が身近に出来た事は、セインも素直に良かったかなと思わない事も無い。
「分からない所があったら、何でも訊いてね」
「……うん」
ふわふわとセインのココア色の髪を撫でる手も、今は見逃そう。
カリカリと、セインがレポート用紙にペンを走らせる音。教科書のページを捲る、軽い音。
セインがせっせと勉強をしているのに対し、ヘンリーはただ彼を抱き締め、その様子を見守るだけ。退屈ではないだろうかと毎回思うのだが、ヘンリーはその問いには笑って首を振るのだ。
「私にとってはちゃんと、充実した時間だよ」
……やっぱり、変な相手だ。
妙に甘ったるく響くその囁きを耳元で聞いてしまったセインは、こっそりと頬を赤らめて俯いた。
向こうからは自分の後頭部しか見えていない筈だから、バレてはいない、と思う。後ろでクスクスと笑う声が聞こえるが、きっとバレてはいない、筈。
なるべく背後の体温は意識の外から追い出して、ペンを走らせる。
「…セイン」
「な、何?」
不意に相手から掛けられた声に、肩を揺らす。
セインの躰を抱え込んでいた手が、とん、と紙の上を指す。
「此処、スペルミスしてるよ」
「…………」
優しい声で指摘され、セインは無言のまま文字を修正した。
同時に内心しっかり動揺していた所を見透かされた気がして、なんとなくいたたまれなくなって俯く。
「セインは可愛いね」
「……目が、悪いんじゃない?」
「視力はそれなりに良い筈だけれど」
所詮からかいかリップサービスの範疇の言葉だと思うのに、心臓がドキドキと鳴くのを止められない。
躰を寄せ合わせている以上、それは彼に伝わるだろうか。なんとなく、口惜しい。
…背中に当たる彼の鼓動は一定で、とても動揺しているようには思えないというのに。
12/8/19
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