short
セインとヘンリー V
「…見つけた」
穴の上から降って来る、柔らかい声。
いつものように敷地の隅に穴を掘り、その中に籠もって課題を進めていたセインは、最近否応無しに慣れつつあるその声に顔を上げた。
頭上を見上げれば、穴の外から此方を覗き込む、思わず目を引く程の美貌を持った人物。
ウンディーネクラスの四年次生であり、アカデミー内では『水氷の白薔薇』だなんてやたらキラキラしい二つ名で呼ばれているらしい彼、ヘンリー=マクミランは、眩しいくらいの笑みを此方へ向けて訊いた。
「そっちに行ってもいい?」
「……、汚れるよ」
その問いに否を唱えたところで、彼は無理矢理にでも下りて来る事は実証済み。最近では二人でも狭くないようにと、最初から少し大きめの穴を掘っているのだとは、相手には絶対に言うつもりはない。
それでも素直に是とは答えられないセインは、一度ノートを閉じ、その笑顔を見ないようにしながらぶっきらぼうにそう言うに留めた。汚れる事なんて、どうせ気にしないのは知っているけれど。
「大丈夫、大丈夫」
案の定、全く気にした様子なく頷いたヘンリーは、トン、とブーツの踵を鳴らして穴の中へ下りて来た。
頬や服に土が付く分にはセインも気にしないが、提出用のレポート用紙が汚れるのは少し困る為、軽く身を捩って下りて来た彼を避ける。
背の半ばまでを覆う長い銀の髪を今日は首の横で一つに束ね、軽くその毛先を払ったヘンリーは、穴の中で膝を抱えてうずくまるセインを見てクスリと笑った。
「相変わらずだね、セイン」
「…アナタこそ、相変わらず物好きだね」
飽きもせず、こんな辺鄙な場所に籠もる自分にわざわざ会いに来たりなんかして。
土属のセインは自分が“変わり者”だという自覚はあるが、ヘンリーは水属性の癖に随分と“変質”の気が強いと思う。
「そっち、ちょっと詰めてくれる?」
「……」
「ん。じゃあこっちおいで、セイン」
「……はぁ」
言われた通りに場所を開け、穴の中に座ったヘンリーの膝の間に収まるような姿勢に、ため息を吐きながら場所を移す。
初めの頃の数回は揉めていた(というか、セインが反抗していた)場所取りだが、最近はセインが諦めこの端から見れば大分恥ずかしい姿勢を甘受していた。
別に誰が見ている訳でもないし、最早どうでもいい。そう、無理矢理思う事にしている。
セインの小柄な躰は彼の腕の中にすっぽりと収まり、とん、と肩の上に相手の顎が乗せられた感触がする。
背中にぴたりと貼り付く体温から意識を逸らそうとして、セインは再び本を開いた。
12/8/15
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