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「ねぇ、セイン…?」
「ひぁ…! 耳っ、くすぐったいって…!」
ぎゅうと抱き締めて腕の中に収めたセインの耳元で囁きかけ、ヘンリーは悲しげに眉を下げる。
行動の積極的強引さとは正反対なその表情に、顔を上げたセインは動揺する。一体何だと言うのか!
初めて逢った時から妙に距離が近い人で、逢ったのはたったの二度だというのに妙に積極的で。人見知りで他人が苦手なセインにとっては、まったく訳が分からない人。
それなのに、そんな表情をされては、はっきりと言葉で拒絶する事は出来なくて。
「っ、分かったよ。分かったから…、早く離して…!」
「本当? 次会った時に、無視とかしない?」
「しないからっ」
例えセインが無視をしたとしても、気にせずにぐいぐい寄って来るだろうに。
そんな様は容易に想像出来るのに、こんな時だけ妙に不安げな表情をしてみせるのは、卑怯だ。
結果的にセインから言質を引きずり出す事に成功したヘンリーは、一つ頷くとじたばたともがくセインをやっと解放した。
その腕から逃れて、約1m。適切な距離さえあれば、セインだって冷静に話せる。
「…“友達”、はいいけど、僕はアナタの事何も知らないけど…?」
「フルネームは前にも名乗ったよね。ヘンリー=マクミラン、ウンディーネの四年次生だよ」
「四年生だったんだ…」
上級生だろうという事は知っていたが、ちゃんとした学年ですら今初めて知った。
ぽつりと呟いたセインに、ヘンリーはにこりと笑う。中性的な美貌を持つ彼が微笑むと、背景に花でも飛びそうな程に華やかだ。
そして、友人が少なく噂に疎いセインは知らないようだが、緩く首を傾げるアリアや、ヘンリーの微笑みに頬を染めるギャラリーたちは彼の名前に聞き覚えがあった。
靡く銀色の長い深蒼の瞳の、美貌のウンディーネ生。水の派生属性である氷を自在に操るその青年には確か、このアカデミー特有の二つ名が付いていた筈だ。
「『水氷(すいひょう)の白薔薇』……」
そう、それだ。ギャラリーの中の誰かの恍惚とした呟きに、アリアはぼんやりと思う。セインは噂自体を知らないのだろう、きょとんと瞬いており、そんな二つ名を持つヘンリー本人は苦笑いだ。
アリアもあまり噂には興味が無い方だが、籍を置いているのが何かと噂好きなシルフクラスである為、自然と情報は耳に入ってくる。
端から聞いていれば気恥ずかしい事この上ないその“二つ名”というものは、アカデミーの中で実力のある学生にいつの間にか付けられているものだ。他にも『焔舞(えんぶ)の黄昏』や『慈悲の手の女神』など、当人からして見れば勘弁して欲しいだろう名前で呼ばれている学生がいた筈だ。
つまるところ、ヘンリーは実力者。扱える者が水属性の中でも限られており、制御が難しいと言われる氷を事も無げに操るのだ、それは間違いないだろう。
(…大変だなぁ、セイ)
チョコレートを口の中で溶かしながら、アリアは思う。
アカデミー内において、二つ名持ちは一目を置かれる存在だ。否応無しに注目を浴びる。そして様子からして彼、ヘンリーがセインを離す事はないだろう。
…その時点で、セインの目立たず堅実な学園生活はお空の星になったという事で。
そんなこれからの学園生活を、当人たちのみが知らない訳だ。
「…セイ」
「ん?」
「……頑張って」
「は?」
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セインとヘンリーと、傍観するアリア。時間軸は個人対抗のちょっと前くらい。
途中でアリアが食べてたお菓子は、今のところ名前も知らぬ某人に餌付けされたものですw
そろそろ設定も固まってきたので、ちょろちょろと小出しに。氷が使えるのは、水の中でも三割程度です。難しいです。
二つ名とか厨二っぽくてファンタジーっぽくて芳ばしいですよね!(笑)
黄昏とか言われてる人は火クラスの某人ですが、呼ばれると死ぬ程嫌がりますw ヘンリーでさえ「白薔薇とか恥ずかしいな…」と思っているくらい、本人にとっては勘弁して欲しいセンスなのがアカデミーの二つ名です(笑)
12/5/15
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