[携帯モード] [URL送信]

short
ラベンダーに身を焦がす

今日もむやみに自分に絡む同室者とそのシンパたちを何とか撒き、藤苗祈(ふじなえ いのり)は広大な敷地の一角へと向かっていた。

人気の無い、その一角。ポツリと立った温室は、生徒たちの間では半ば都市伝説的な存在とされており、…万が一その場所を見つけたとしても、その中へ立ち入ろうという勇気のある者は学内にはほとんどいないだろう。

が、温室に辿り着いた祈はその戸を躊躇いなくトントンと軽くノックした。


「…北条(ほうじょう)先輩、藤苗です。手土産持って来たので、お邪魔させてもらってもいいですか?」
「……入れ」


ややして中から聞こえた深みのある低音に、祈は微かに表情を綻ばせ温室の中へ入る。

色とりどりに咲き誇る、初夏の花たち。その中に置かれたテーブルセットに祈の訪ね人、…この温室を“都市伝説”たらしめる男が、いた。

黒と金に染め分けられたアシメトリーの髪とシルバーアクセサリーが似合うこの美形の名は、北条安岐(あき)。
不良組と名高い3-K所属だが、授業に出る事はおろか、学内で姿を見掛ける事などほとんどないという。しかしその実力は学園の二大権力たる生徒会と風紀が一目置くという、ある意味でのサンクチュアリだ。

他人を煩い、旧温室を根城とする。だからこそ生徒たちは、麗しい彼を崇拝しつつも畏れ、旧温室には近寄らない。

……ただ一人、祈を除いて。


「…遅かったな」
「あぁ…、今日は撒いて来るのに苦労しちゃって」


手にしていた紙袋をテーブルに置き、祈は肩をすくめる。

本当ならば放課後すぐに此処へ向かうつもりだったのだが、HR終了直後に同室者に捕まり、なし崩しに彼のシンパである生徒会役員やら風紀委員やらその他やらに絡まれ、睨まれた。口八丁と精一杯の逃げ足で撒いて来たのだが、…非常に体力を使った。

ため息を吐きつつ紙袋から昨夜焼いたクッキーを取り出し、安岐の用意した白磁の皿に並べる。

さり気なく彼が引いてくれたウッドチェアに腰を下ろすと、気が抜けたようにべしょりとテーブルに頭を落として額を木目に擦り付けた。盛大に息を吐く。


「…ふあぁ…疲れた…!」
「……そうか」


そんな祈の様をちらりと見、安岐は手にしたポットからハーブティーをカップに注ぎ、祈の頭の側に置いた。

…この学園において、彼が手づから淹れたお茶を飲めるのは、おそらく自分一人だろう。そう思うとささくれた心が、少しずつ凪いでいくのを感じる。

半身を起こし、カップを手にしてその香を楽しむ。


「ラベンダー…ですね」
「……花が咲いたからな」
「あぁ…、もうそんな時期ですか」


温室の片隅に咲いた、淡紫の花。優しげな芳香を放つその花の入ったハーブティーは、困憊した祈の心身に染み入る。

ほう、と安堵の息を吐いて、しみじみと呟く。


「はぁ……、俺、この学園内で落ち着ける場所って此処しかないよ…」


教室にいたって、食堂にいたって、常にトラブルの種は付きまとい。生徒会室や風紀室など針の筵。もちろん寮の部屋でさえ、心が休まる事はない。

心の底からの祈の呟きに、クッキーを摘んだ安岐が肩をすくめた。


「…それは…難儀だな」
「…あはは、北条先輩から同情されちゃったとか…。…明日は雹でも降りますか?」
「……なら、屋根の補強が必要か」


祈の冗談に、本気とも冗談ともつかない表情で温室の天井を見上げる安岐。

そんな彼のリアクションに、祈は小さく笑った。

…心から安らいで笑える場所は、此の場所だけ。

カップを両手で包み込んで、自分の作ったクッキーを摘む彼を眺める。


「………」
「………」


元来無口な彼とは、自分から積極的に話しかけない限りはすぐに会話が途切れてしまう。

けれど、無理して言葉を繋ぐ必要はない。

…ただ、側にいる、そんな沈黙が愛おしかった。

祈は静かにハーブティーとクッキーを楽しむ安岐に目を向け、小さく微笑んでカップに口付けた。



ラベンダーに身を焦がす

(この花の香は、貴方に似ている)















--------------------
素敵企画『そうだ、僕らは』様に提出させて頂きました、脇役な不良さんと脇役な平凡くんのお話。

…温室に住み着いてる不良とか、個人的に萌えツボだったりしますw 平凡くんは苦労人ポジションですが、避難所があるので大丈夫です、きっとw


ラベンダーの花言葉を調べたら『沈黙』があったので、お題とかけて使ってみました。二人が飲んでるハーブティーは、安岐の自作です(笑)


10/3/18

 ≫

1/6ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!