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short
3

「…そんなに警戒されたのは久しぶりだな」
「……、知らない人、苦手なだけ」


ぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。…大体、この近距離が悪いのだ。ある程度の距離さえあれば、セインだって初対面相手でも普通に振る舞える。

くすくすと、おかしそうに笑う涼やかな声。一体、何がそんなにおかしいのだろうか。


「ヘンリー=マクミラン」
「え?」
「ちゃんと名乗ったよ。ほら、これでもう“知らない人”じゃないでしょう?」


そう言ってまた笑った青年――ヘンリーを、思わずきょとんとして見上げるセイン。

名前を知っていようがいまいが、彼が初対面である事には変わらないのだが。再び視線を逸らしたセインに、ヘンリーが笑う。


「キミの名前は?」
「…セイン=ウォレット。土の一年次生……、です」


ほぼ確実に年上だろうと思い、取って付けたように語尾に敬語を付け足す。ヘンリーは相変わらずおかしそうに笑い声を漏らしていた。


「今更敬語なんていいよ、セイン」
「…でも、先輩でしょう?」
「まぁ、そうだけど」


気にしないから、とぎこちない敬語を止めるように言われた。

そんな気などなかったとはいえ、彼を穴に落としてしまったのは自分なのに、何故ヘンリーはそんなにも楽しそうなのだろうか。真面目で優等生なイメージのある水にしては、彼も充分に『変』である気がした。


「あの、何……」
「んー」
「っ!」


伸ばされた滑らかな指先が、土の付いたセインの頬をなぞる。

不意の接触に、セインの背がびくりと震えた。慌てて後ろに跳び退くと、何故かヘンリーは不満げな顔をした。


「…逃げられると傷付くな」
「……何で、いきなり触るの」
「ほっぺたに泥が付いてるよ」
「アナタの顔にも付いてる」
「えっ?」


そう言うと、ヘンリーは今気付いたように頬を擦った。

繊細そうなその美貌に反してごしごしと乱暴なその所作に、セインはため息を吐いてハンカチを差し出した。空いた時間を穴の中で過ごしていると泥だらけになるのは日常茶飯事な為、清潔なハンカチはいつも持ち歩いている。

微笑みながらハンカチを受け取ったヘンリーがまず始めに拭ったのは、彼のものではなくセインの頬であった為、またセインは慌てて彼の側から距離を取る羽目になった。


「…どうして逃げるの?」
「……近いから」
「そんな風に逃げられると、追いかけたくなるんだけどな」
「っ、来ないでよ!」


堪らず叫んだセインに、心底おかしそうに笑うヘンリー。

先程手で乱暴に頬を擦っていたのが見間違いかと思う程に優雅な仕草で頬を拭い、セインのハンカチをローブのポケットにしまう。


「ちゃんと洗って返すよ」
「…いい、いらない」
「また会おうね」
「……会わない」


穏やかな笑顔のくせに、一歩も引こうという姿勢の感じられないその声。

今更ながら、厄介な人物と関わってしまったと、セインは顔をしかめた。

散らばった課題を拾い集め、さっさと相手に背を向ける。


「……僕、もう帰るから」
「うん。またね、セイン」


また、なんてない。セインがそう呟いたところで、彼はただ笑って此方を見送るだけだった。


12/4/14

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あきゅろす。
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