スメラギ
いつかのシーン
無機質な機械の廊下を、血のように赤い回転灯が照らす。
鳴り響く悲鳴のようなサイレンが、エマージェンシーを煩く告げる。
出口へ向け逃げ惑う白衣を片っ端から沈めながら、小さな影が廊下の奥へと駆け抜けて行く。
「…っ、こらチビっ子! 単独行動は止めろっ!!」
追い掛けて来る声を振り切って、影は最奥の部屋の扉を開けた。…特殊な魔法ロックが掛かっていたが、強引にシステムに割り込みこじ開けた。
膨大な資料の山、巨大な機材、何らかの薬液で満たされた水槽。どうやらこの部屋は実験室であるらしい。
ゴチャゴチャとした物の合間を抜け、小さな影は部屋の隅で丸くなる一人の子供を見つけた。
「やっぱり…人がいた…」
呟く影に、子供がゆっくりと顔を上げた。
光の灯らない、無表情な瞳。
「…また、『ジッケン』なの…?」
「……違う、よ」
ふるり、痛々しい表情で首を振る小さな影に、子供は無感情な声で続ける。
「じゃあなに? 『テスト』? それとも『オクスリ』の時間?」
「…どれも、違うよ」
「…?」
影の言葉に、子供は緩やかに首を傾げる。
…今並べ立てた以外の選択肢を、子供は知らないのだ。
それが分かってしまったから、影は一層痛々しそうに表情を歪める。
「…僕は、君を此処から連れ出しに来たんだ」
本当は、当初の目的にそれはなかったけれど。
…この場所に生き残りが、『成功体』がいるだなんて信じられなかったからだ。
けれど、『彼』が此処にいる以上、保護しなければならない。
何より、この痛々しい程に純粋で哀しい子供に、笑って欲しいと影は思った。
「僕と一緒に、おいで」
「…?」
「『ジッケン』も『テスト』もしなくていいよ。『オクスリ』も呑まなくていいから。…おいで」
感情のなかった瞳が、微かな驚きに揺れる。それを見て、影は優しく微笑んだ。
「…ねぇ、君の名前は?」
「なまえ…? #0129…」
子供が口にした『記号』に、影は苦笑いして首を振る。
「違うよ、そんなのは『名前』じゃない。…そうだ、君に名前がないなら僕がつけてあげる」
「?」
「そうだなぁ…、君の名前は…」
きょとんとする子供を余所に、影は少し考えるように首を捻った。
ややして、パッと晴れやかに微笑む。
「…決めた。君の名前は、『サチ』。幸せって書いて、『幸』だよ」
「サチ…」
「そう、君の名前」
確かめるようにその音を呟いた子供、幸に、影は笑って手を差し出す。
「一緒においで、幸」
「……ん」
おずおずと重ねられた幸の手を握って、影は優しく言った。
「君は今日から、僕の『弟』だよ」
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