スメラギ
6
* * *
「此処だ」
「うわぁ…」
白のペガサス、リュートから下ろされ、翡翠に手を預けたまま鈴はぽかんと口を開けた。
「……お城?」
「いや、だから城じゃないと言っただろう?」
「えーっ? …いや、駄目です。信じません」
「…ぷっ、くくっ…!」
訂正する翡翠に鈴が納得出来ずに首を振ると、隣の彼は堪え切れないという調子に吹き出した。
…声を上げて大笑いしていても、綺麗な人は綺麗なのだな、と鈴は彼を見上げて思う。
「そんなに面白いですか?」
「…くくっ、…かなりな」
「んーと…、それは誉め言葉で受け取っていいですか?」
「…そうだな…っ」
声を震わしたまま答えた翡翠に、鈴は首を傾げる。
こんなに笑われてて、それはホントにいいことなのかなぁ?
別にウケを狙っていた訳ではないから、なんとなく腑に落ちない。
「……人前でこんなに笑ったのも、誰かにこんなに笑わされたのも、久しぶりだ」
「はぁ……」
ようやく笑いの虫が収まったらしい翡翠が、鈴の頭をぽふぽふと撫でる。
(…あ)
その感触に、鈴は心の中で小さく呟く。
幼い頃から人より小柄なせいもあり、鈴は他人に頭を撫でられる機会が妙に多い。
なのでそんな微妙な“撫で方の違い”などを感じ分けたり出来るのが人知れぬ特技の一つだったりする訳だが、翡翠のそれは“慣れない人”のそれだと感じた。
普段、他人に触れない人の、そんな無器用な触れ方。
「……、嫌だったか?」
暫し鈴の頭を撫でていた翡翠だが、鈴が黙ってしまっているのを見て困ったように手を離す。
無器用だとは思ったが嫌な感触ではなかったから、鈴はふるふると首を振った。
「あったかい感じがしたから、全然嫌じゃないです」
「……」
鈴がそう言って見上げると、翡翠は虚を突かれたように目を丸くした。が、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「そんな事を言われたのは、初めてだな」
そんな事はない、と思った。こんなに優しく笑える人なのだから。
鈴は首を傾げながら翡翠を見上げたが、彼は閑話休題だと正面の建物に目線を向けた。
「まぁ、とにかく此処が『理事棟』だ。理事室は三階。他にも応接室や事務室なんか、職員がいる施設が多い場所だ」
「…お城…」
「いや、城はもういいだろう」
しつこく繰り返す鈴に、翡翠がまた小さく笑う。
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