スメラギ
8
「子供扱い、という訳ではないんだ。ただ、気付いたら躰が動いていた」
「……ホントですか?」
「あぁ。…それに、俺は子供が相手だからといって、誰にでもこんな事はしないぞ」
気にかけるのは、構ってしまうのは鈴だから。
子供扱い、という訳ではない筈だ。翡翠は、鈴だからこうした。
そう言うと、鈴の表情は少しだけ明るくなった。照れたようにはにかんでみせる。
「うん、それに僕がジャムなんてつけてたのが悪いんですよね。ごめんなさい翡翠先輩、ありがとうございます」
「いや、此方こそ妙な真似をしてすまなかったな」
拗ねた子が、もう笑って。
幼子のように純真で、けれど何処かで感じる“それだけではない”何か。
そんな鈴に、翡翠は強く心を動かされる。
「翡翠先輩、フィナンシェ食べますか? …あっ、その前に紅茶も…」
「そんなに慌てなくても大丈夫だ。……ありがとう」
照れ隠しも込めてかわたわたとバスケットをあさり出す鈴に、つい愛しさがこみ上げる。
「…鈴」
「はい?」
「ありがとう」
「……? 翡翠先輩、さっきからそればっかりですね」
別に、僕が先輩に食べて欲しいだけだから気にしなくていいんですよ、と鈴は笑う。
食事の事もそうだが、しかしそれだけが理由ではない。
だが、翡翠はそれを上手く説明する自信もなく、まだ鈴に伝える気にもならない。
だから、ただ微笑むのみだ。
「…はい、翡翠先輩」
「ありがとう」
──……ありがとう、俺の前に現れてくれて
ふわふわと微笑む鈴が側にいるだけで、倖せだと思えた。
鈴もまた、側で笑ってくれる彼に喜びを感じているとは知らず、翡翠は手渡された紅茶をすすった。
「美味しいな」
「はい…!」
呟くと、心底嬉しそうな鈴の声。
口にした紅茶は、優しく甘い味がした。
『……嬉しそうね、マスター』
からかうような、けれど嬉しそうな気持ちを含んだ風の少女の声は、翡翠には届かずに風に溶ける。
幸福そうな主人の顔に、自由な風の精はただ穏やかな風を贈った。
──…願わくば、この倖せ、いつまでも続かんことを…
そう祈った心の声は、翡翠のものか風の少女のものか、それとも鈴のものか。
答えを知るものはなく、ただ春風が彼らの髪を揺らしていった。
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