スメラギ
5
「僕も……」
「ん?」
高鳴る鼓動の意味を知らぬまま、けれど鈴は微笑む翡翠に思ったままを伝える。
「僕も、翡翠先輩に会いたかった、です」
「え…」
ふわり、はにかむように笑う鈴の顔は、まるで花が開くよう。幼いばかりの容貌だとは思えない程に、愛らしかった。
自分は無自覚に言った言葉だが、相手からも同じように返ってくると改めてその威力を思い知る。
虚を突かれたような翡翠の顔を見て、鈴は首を傾げる。
「翡翠先輩?」
「え、…あぁ、鈴もそう思っていてくれたなら嬉しい」
「僕も、嬉しいです」
はにかむ顔が可愛くて、翡翠は思わず鈴の柔らかい髪に手を伸ばす。
わたあめのような柔らかな毛先がそっと指先に絡み、不思議そうな鈴の上目使いを受ける。
「先輩?」
「…あぁ、鈴に会ったら言おうと思ってたんだ」
髪を撫でる手が不自然にはならないように、思い出したように話題を返る。
飴色の甘そうな大きな瞳が、ぱちぱちと瞬いて翡翠を見上げる。
「貰ったマカロン、とても美味しかった」
「…! ありがとうございますっ!」
パアッと鈴の頬が紅潮して、それはとても嬉しそうに笑った。
「あっ、そうだ良かったら……」
翡翠に髪を撫でられたまま、鈴はわたわたとした様子で辺りを見回す。
そうしてすぐ隣にいたデューイを捕まえて、お弁当の入ったバスケットを抱えた。
「今日はお弁当を作ってきたんです。良かったら、一緒に食べませんか……?」
好意で誘っている立場だというのに、迷惑ではないかとどこか不安げな鈴の表情。
そんな表情を可愛らしく思いながらも、迷惑なのは自分ではないかと翡翠は微かに苦笑いする。
「でも鈴の分だろう?」
「多めに作ってあるから、大丈夫ですよ」
ご迷惑じゃなかったら……、と呟く鈴は、何を不安に思っているのだろう。
鈴の誘いを、断るなんて有り得ないのに。
「そうか。なら、頂こうか」
「…はい!」
微笑んだ鈴は、本当に嬉しそうだった。
時間もちょうど昼食時だし、ならば早速と、鈴はバスケットの中からチェックのレジャーシートを取り出す。元よりピクニックのつもりだったので、準備はバッチリだ。
テキパキと準備をしていく鈴を覗き込むようにして、翡翠は訊く。
「何か手伝うか?」
「あっ、大丈夫ですよ。翡翠先輩は此処に座ってて下さい。そうだ、エリアちゃんも一緒に……ってあれ?」
彼の使い魔も一緒に食べるだろうかと訊こうと振り返れば、先程まで一緒にだった筈の彼女の姿は影も形もなかった。
「…あぁ、彼奴なら何処かへ行ったんだろう。元より、〈風〉は気まぐれだ」
ぱちぱちと瞳を瞬かせる鈴に、シートに腰を下ろした翡翠が言った。
風の精霊たるシルフの気質は、元来自由で気まぐれ。
勿論それは鈴も知っていたが、先程の彼女の様子からこの場に留まっているかと思ったのだが。
…シルフの少女が空気を読んで気を効かせただなんて知るよしもない鈴は、ただ首を傾げた。
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