スメラギ
4
『私の名前は〈エリア〉。貴方は?』
「僕は永峰鈴」
『……鈴。…そうか、貴方が…』
〈エリア〉と契約名を名乗った彼女は、鈴を見て納得したように頷いた。
それは鈴にとっては不可思議な納得で、首を傾げる。
「そう…、って何が?」
『貴方が、私たちの〈主人〉の心に触れた人……』
「え?」
『貴方で、良かったわ』
そう言って微笑むエリア。鈴は目を見張る。
──…彼女の〈主人〉は……
「……鈴?」
確かめるように、呼ばれた名前。
それはシルフの少女の高い声ではなく、けれども鈴の知る美しい人の声。
数刻ぶりに見掛ける思い描いた通りの彼の姿に、鈴は呆然とした心地のまま呟く。
「翡翠先輩……」
向こうに広がった花畑を抜けてきた彼の姿は、どこか浮き世離れしているように見えた。
そして翡翠から見た自分も同じように思えていたなんて、今の鈴には知るよしもない。
鈴と同じように呆然としているような翡翠は、大樹の元にいる鈴に歩みよりながら訊く。
「…どうして此処に?」
「えっと、お散歩をしていたんです」
シルフの少女に呼ばれて此処へ、という事実は少し言いづらい。まぁ、散歩という答えも間違いではないのだが。
それに、エリアはおそらく彼の──
『偶然此処に来たから、私のお話相手になってもらっていたのよ、翡翠』
「エリア? お前も何故此処にいる?」
『此処は私のお気に入りの場所だもの。マスターにとってもそうでしょう?』
〈エリア〉は翡翠の〈使い魔〉。……彼ほどの《ウィザード》の使い魔であるなら、その力の強さも頷ける。
翡翠は鈴の側にいる己の使い魔に初めて気付いたようで、黒曜石の美しい瞳を軽く見張っている。
『たまには、人間とおしゃべりをする事も楽しいのよ』
エリアはそう言って笑う。
彼女が鈴と話していた内容は、実際は“ただのおしゃべり”ではない。けれど、彼女はそれを他言したりはしない。それが例え主人であろうと、絶対に。
それは彼女が精霊であり、自分たちが人間であるから。遠い昔から受け継がれてきた、精霊と人間の暗黙の契約(ルール)だ。
だから、鈴が翡翠に誤魔化すような必要はないのだ。…ないのだが、翡翠に対してはどこか後ろめたい。
「……まぁでも、此処で鈴に会えて良かった」
「え?」
何でもないように笑う己の使い魔の言葉に納得したのか、翡翠は切り換えたように鈴に微笑んだ。
「もしかしたら今日はもう、会えないかとも思っていたから」
「…でも、また後でって…」
「あぁ、鈴に会いたかったからな」
入学式での言葉、分かってくれていたようで嬉しい、と翡翠は笑う。
その笑顔に、言葉に、鈴は無自覚に胸を高鳴らせた。
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