スメラギ
5
* * *
「うわぁー、たかーい!」
はしゃぐ鈴を囲うように手綱を取りながら、翡翠は自分の行動の異常さについて考えていた。
(……何故俺は、コイツを拒まなかった?)
翡翠は生まれ落ちた日より形成されてきた己の性質を、良く理解しているつもりだ。
幼い頃よりその才能、容姿をもてはやされて育った翡翠は、他人というものを極端に煩う。
中身のない称讚を与える者、理不尽な嫉妬を向ける者、才能や容姿に目をつけ取り入ろうとする者。様々な目を声を感情を自分に向ける、“他人”。
何時しか翡翠が他人という者に触れる事はおろか、関わり言葉を交す事すら厭うようになっていたのは、道理なのかもしれない。
それでも日常生活を送るにおいて当たり障りのない程度には表面的な付き合いはしていくが、不必要に近付いたり近付かせたりは、しない。
(…なのに、何故?)
顔を合わせて間もない外部生、永峰鈴を己の使い魔である精獣の背に共に乗せ、その躰を抱き込むように触れていられるのか──?
「…会長さん?」
振り返った鈴が見上げてくる。その飴色の瞳に、自分の渋面が映っているのがわかった。
…それ程までに、近い距離。
「眉間に皺が寄ってる…、やっぱりご迷惑でしたか?」
翡翠の顔を見つめ、しょんぼりと肩を落とす鈴。
小柄な躰と童顔のせいで、鈴は翡翠より一つ歳下なだけの15歳にはとても見えない。だからその様子は小さな子供が落ち込んでいるようで、少し可哀想に見えた。
「……迷惑と言うほどじゃ、ない」
……別に嫌悪は持っていない。
だからこそ、戸惑っているのだが。
「すみません…。でも、ありがとうございます」
暫し翡翠の顔色を伺っていた鈴だが、やがてにこりと屈託なく微笑んだ。
基本は特別可愛らしいという訳ではない面立ちだが、そうやって笑うと途端に愛らしく見えるのが不思議な所だ。
打算も邪気も、何の裏もない素直な笑み。これに、自分は心を許しているのか。
「風が気持ちいいですね」
鈴はリュートに乗ったまま、心地好さそうに伸びをする。
急に手を離すものだから、翡翠は驚いて反射的にその躰を支えた。
「危ないぞ」
「あっ、すみません…」
頭一つ分以上小さな躰は、頼りない程に軽い。
翡翠に背を預けながら見上げてくる瞳に、小さく息をついた。
「あまりはしゃぐな」
「はい…」
「落ちたりしたら、大事だ」
しょぼんと借りてきた猫のように急に大人しくなった鈴を庇いながら、翡翠はリュートの手綱を握り直した。
…ヒトの温もりなど、久方ぶりに感じた。
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