スメラギ
3
バルコニー越しに見つめる視線に気付いたのか、手元の資料から顔を上げた椿が、表情を変えないままひらひらと手を振ってくる。
それに微笑んで手を振り返しながら(それを見て、また一般席から喚声が上がった)、孝雪はまた鈴の様子を窺う。
パッと見では、本当に高校生かと思う程に幼く映る、けれど普通の子供。
一体彼の何が、翡翠の琴線に触れただろうか。
(興味深いなぁ……)
勿論、友人のモノを横取りするつもりはないけれど。
そそられた興味にまた笑みを溢して、孝雪は一般席に向かって手を振った。
大きくなった黄土色の喚声に友人と一緒に眉をひそめ、鈴は耳を塞いでいた。
* * *
入学式は順調に進み、お決まりの校長挨拶(理事長ではないから、伯父樹ではない)や来賓挨拶と話ばかり長い退屈で眠くなるコースを、御門に寄りかかってうとうとと過ごした。
最初は御門も鈴を起こそうとしていたものの、自身も退屈なのか最終的には揃って居眠りをしていた。
マイクで拡声された「起立、礼」の号令に、ハッと目が覚める。
「…二人揃って、何寝てるのさ」
「だって……退屈じゃねぇか」
「雅弥君はちゃんと聞いてたの?」
「本読んでた」
「それもどうかと思うぞ」
左隣で呆れた声を出した雅弥の手には、文庫本。
何読んでたの?、と鈴がそれを覗き込もうとすると、本を膝に置いた再び両手で雅弥が耳を塞いだ。
「…来るよ」
「へ?」
厳かに告げた彼の言葉に目を見張ると同時、確かにそれはやって来た。
『──在校生代表、挨拶』
「「キャァァァッ!!!!」」
「──ひっ!?」
先程の黄土色の喚声と同じ……、否それ以上のボリュームの声に、耳を塞ぎ遅れた鈴はビクリと肩を揺らした。
一年から三年まで、あらゆる方面から聞こえてくる大音量の騒音は、マイクに拡声された美声によって遮られる。
『──静粛に』
淡々とした、けれども良く通る耳に心地好い涼やかな声。
彼が一言そう言っただけで、やかましかった喚声が一斉に止んだ。
(…翡翠先輩…)
昨日会ったばかりの、優しい、綺麗な人。たったの一日振りにその姿を見た筈なのに、随分と久しぶりな気もした。
会う事自体、昨日が初めてだったというのに、久しぶりだなんておかしな話だ。
此処が一般席で、彼はステージ上と、言葉を交せない距離だからだろうか。遠く、感じるのは。
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