スメラギ
3
「…いいじゃねえか、乗ってやるよ、その勝負」
「ふふっ、そう来なくちゃ」
まんまと上手く乗せられた気もしないでもないが、それも上等だ。
やれるだけやればいいか、という程度だった球技大会への意気込みが、確かな熱を持つものに変わる。
御門が此処までやる気を出した事を知れば、完勝を狙う鈴あたりは喜ぶかもしれない。
「楽しみだな、御門がどこまでやれるのか」
「あんまり甘く見てると、痛い目見るかもな?」
「ふふっ」
すっかり闘争モードに入った御門は、余裕の態度で笑う孝雪を真っ直ぐに強い眼差しで見つめ返した。今ならば、この近過ぎる距離も気にならない。
強い光を宿す黒橡の瞳が眩しくて、孝雪は瞳を細める。
「御門が勝ったらどうしたいのか、ちゃんと考えておくんだよ」
「あぁ」
「……、まぁ、勝たせるつもりはないけどね」
「それはどうかな?」
クスリと笑う孝雪に応えるように、挑発的に笑う御門。
いつも孝雪の前では苦虫を噛み潰したような表情や、微かに怯んでいるような表情ばかり見せていたから、これは珍しい表情だ。思わず頬に指で触れると、驚いたような瞳に変わってしまう。
「……なんだよ」
「ん、いや…」
何でもない、けれど。先程の表情が消えてしまったのが、少し残念だ。
戸惑う黒橡の瞳は孝雪のよく見ているものと同じで、この瞳も嫌いではないのだが、先程の挑戦的な瞳もなかなか素敵だったのに。
そう思った孝雪は、戸惑う御門の表情を見つめながらそっと唇を落とした。
唇の上に唇で触れるだけの拙いそれに、御門は大袈裟なまでにビクリと肩を震えさせて慌てたように孝雪の腕を振り払う。
「い、いきなり何だよ……!!」
「まぁ、その表情も嫌いじゃないんだけどさ。さっきの表情もなかなかヨかったんだよね」
「意味分かんねえよ!!」
叫び返す御門は、すっかりいつも通り。胸の中の不思議な感情を処理しきれていない孝雪は、ひょいと肩をすくめた。
「まぁいいや。用事も済ませたし、僕はもう帰ろうかな」
「俺はよくねえよ!」
「御門も暗くならないうちに早く帰るんだよ」
何やら力いっぱい叫んでくる御門の頭をすれ違いざまにぽんと撫で、孝雪はさっさと本当にその場を後にしてしまった。
残された御門はぽかんとしたままその背を見送り、じわじわと胸に湧いてきた思いに戸惑ってその場で俯く
「……アイツホント、意味分かんねえ……」
指先で自分の唇に触れながら、真っ赤な顔で小さく呟いた。
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