スメラギ
十日前
* * *
「……あ、今日はこんな所に居た」
「……?」
閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。
目が合ったのは、薄いレンズ越しの黒珠の瞳。寝惚けたままの椿は、彼を見上げながらふわふわと欠伸をする。
「ふぁ…、……雅弥くん?」
「はい。おはようございます」
「あ、おはようございます……」
にこり、と爽やかさを感じさせるその容貌を惜しげもなく綻ばせて言う雅弥に、椿はぼんやりと返した。
椿のお気に入りの花畑の片隅。花の中で埋もれて眠るには流石に暑い季節となっていたから、椿は近くの樹の木陰でうとうとと昼寝をしていた。
一応風紀委員会の仕事はひと通り終わらせており、緊急の用事には使い魔を飛ばすようにと委員に伝えてあるのでサボりではない。イベント前で多少浮ついた空気はあるが、委員を巡回に向かわせているので大丈夫な筈だ。
寝起きの頭をぼんやりと揺すった椿は、此方を覗き込んでクスリと笑う雅弥を見上げて首を傾げた。
「…どうしたの?」
「椿さん、髪に葉っぱが付いてますよ」
「え?」
不意の指摘に、思わず右手で髪を押さえる。けれど触れた範囲には異物の感触はなく、わしゃわしゃと手のひらで髪を乱す。
「そっちじゃなくて。今取ってあげますから」
「ん……」
くすくすと笑う雅弥の指が、椿が手を触れているのとは反対側に伸ばされる。
ほんの少しだけ地肌に触れた指が、何だかとてもくすぐったかった。
雅弥の指は簡単に椿の見付けられなかった緑の葉っぱを摘み、地面に落とした。
「もう取れたかな?」
「はい」
頷きながらも、雅弥の指は再び椿の髪に伸ばされる。寝乱れた髪を直してくれるつもりのようだ。
「……触られるの、嫌がらないんだよなぁ」
くすぐったい感触に瞳を細めると、雅弥がぽつりと何事か呟く。
「……?」
椿が首を傾げると、彼は何でもないですと呟いて樹の根元、椿の隣に腰を下ろす。
隣に並んだ彼の顔を、なんとなくまじまじと見つめる。役職持ちの椿は美形など見慣れているが、普段から眼鏡着用の人間は身近には他にいないので物珍しいような気がしてしまう。
じっと見つめていると彼の方も視線に気付いたのか、くるりと振り向かれる。
「どうしたんですか? そんなに見つめられたら、穴開いちゃいますよ」
「あ……ごめんね」
「いえ、いいんですけど」
冗談めかして笑った雅弥は、また椿の髪に手を伸ばした。
毛先をそっと弾く。そんな仕草を見つめて、また雅弥に視線を戻す。
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