スメラギ
4
「突然行って、びっくりさせたいんですもん。だから翡翠先輩も、お兄ちゃんに僕が居るって話しちゃ駄目ですよ?」
「……という事は、此処に入る事、椿に話してすらいないのか?」
「えへへ、突然行ったら絶対びっくりしますよ、お兄ちゃん」
にこにこと楽しげに、悪戯っ子の表情で笑う。幼い面立ちもあって、それは憎めぬ悪童のような笑みだ。
翡翠はそんな鈴を見、彼とはあまり似ていない友人を思い出して肩をすくめる。
「……まぁ、どんな顔で驚くのかは若干興味があるな」
「でしょう? だから、内緒ですよ」
小さな指を口元にあて、愉快そうに唇を歪める。
感情豊かな表情だ、翡翠は漠然と思った。
「…1004号室…、あっ、窓から入れるかな!?」
「…………」
そして、同時に思い出す。そう言えばこの子供は、初めて見た時正門を攻撃呪文で破壊しようとしていたな、と。
つい数時間前の事なのに、鈴の温かい雰囲気にそんな衝撃的な事を失念していた。
常識に囚われないというか、時折発想がとんでもない方向に走っていくらしい。今まで、どんな生活を送ってきていたのか。
さも名案だと言わんばかりの鈴に、翡翠が忠告出来るのはこれだけだ。
「……とりあえず、建物は壊すなよ」
「はいっ!」
『良い子のお返事』を元気良く返した鈴に、翡翠はなんとなく、毒気を抜かれた気がした。
「…寮に入るか」
「あっ、はい」
ついつい雑談に花が咲いてしまったが、目的は鈴を寮に送り届ける事。ここまで来たなら、部屋まで送って行こうと翡翠は鈴を促した。
入学式を明日に控えた午後、中途半端な時間だというのもあってか寮の一階は案外人もまばらだった。
「一階は食堂と談話室だ。向かって右手の奥が食堂、今は中途半端な時間だからあまり人もいないようだな」
「はぁ」
説明を聞く鈴は、あまり興味関心がなさそうな様子だ。
不思議に思い翡翠が振り返れば、鈴はゆるゆると首を振った。
「…あんまり、食堂で食べる気はないんで」
「……というと、自炊するつもりか?」
そういえば、理事長室での振る舞いでは家事慣れしているような印象受けたな、と翡翠は思い出す。
鈴はこくりと頷いた。
「はい。料理とか結構好きなので。…だから、購買の方が興味あります」
「購買は二階だ。二階全てを使っているから、かなり広い」
「ホントですか? 楽しみです」
言えば、鈴は明るく笑う。やはり、こういう表情の方が好きだ。
「…とりあえず、部屋が先だ。荷物も届けられている筈だからな」
「はい」
エレベーターホールには、まばらだが人がいた。
数人の生徒が、翡翠を見てざわめきだす。
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