スメラギ
2
* * *
「わぁー、これがお城ですね!」
「……いや、寮だ」
楽しそうな鈴、ツッコむ翡翠。ここ数時間で三度目になるやりとりである。
しかし確かに灯燈学園高等部の学生寮の外観は、西洋貴族の城のようだ。
「まぁでも、ホント大きいですねぇ」
「一応全校生徒が暮らす場所だからな。それに、一部屋一部屋が広いしな」
「翡翠先輩はミスリルだから一人部屋なんですよね?」
くりくりと飴色の瞳を瞬かせていた鈴は、翡翠を振り向いて訊く。
「あぁ。…ちなみに生徒会役員や各委員長などのミスリルクラスは“十階”だ。七階から九階が普通の個室の階だかな」
寮の“十階”はある種の特殊な意味を持つのだが、翡翠にはそれを説明する気にはなれなかった。
しかし、それは灯燈の中では常識的な話だ。翡翠が教えずとも、いずれ誰かが教えるだろう。
(……それも、不快だがな)
鈴には、彼だけには“灯燈の常識”という“異常”には触れて欲しくない。望まずとも自分が関わっている事だから、余計に。
醜いモノから守りたいと思うのと同時、そんな醜いモノに浸っている自分を知られるのが、怖かった。
「翡翠先輩?」
真っ直ぐに自分を見上げてくる瞳。これを、翡翠は失いたくはなかった。
「…俺の部屋は1007号室だ。暇な時でもあったら、遊びに来て欲しい」
他者を自分から自室に招き入れる行為など翡翠は今までした事はなかったが、鈴ならばと翡翠はそう言ってみる。
「ホントですか?」
返ってきたのが笑顔と明るく弾んだ声で、翡翠は喜びを覚えた。知らず、自分も柔らかく笑う。
「十階に入るのには許可が必要なんだが、ミスリルクラスのお前なら許可も簡単に下りるだろう。…いつでもおいで、鈴」
「えっ…、あ、はい」
自分がここまで甘さを含んだ声で囁いたのを、翡翠は知らなかった。
だから鈴が頬をほのかな鴇色に染めた理由も、彼にはわからない。
「…翡翠先輩は…、」
「ん?」
「…いや、何でもないです…」
鈴は少し戸惑ったように翡翠を見上げたが、彼の様子はあまりに普通だったので言葉を切った。
あの一瞬の声色での鈴の動悸など、多分彼は気付いていないだろうから。
(何だったのかな、今の……)
元々から綺麗な人だから、あんなに甘い囁きを聞いてしまうとびっくりしてしまう。
ある種特殊な環境で育った鈴は色恋沙汰というのにとことん疎いのだが、今のは無自覚に効いてしまったようだ。
鈴は未だ強く訴える鼓動を静めようと、深く息を吸い込んだ。
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