スメラギ
2
* * *
放課後。いつも通りデューイを頭の上に乗せ、鈴はふらりと道を行く。
さり気なく、誘うように人通りの多い通学路から外れて、人気のない脇道へ。
背後を着けて来る気配を感じつつ、鈴はひっそりと笑む。
(さぁて、どう出るのかな?)
ゆるり、唇を釣り上げるとほぼ同時に気配が動いた。
鈴は気付いていなかったフリをして、彼らが何を仕掛けてくるのかを待つ。
ガッと背後から羽交い締めにされ、口元に布が当てられた。
目を閉じて、浅く一呼吸。この匂いは一般的な睡眠薬のものだろう。
(…ふむ、一度拉致して、何処かへ連れて行くつもりかな?)
…生憎、この程度の強さの薬ならば鈴にはほとんど効かない。日々研究の一環として様々な魔法薬を扱ううち、薬の類に耐性が出来てしまっているのだ。
けれど、ここは彼らの思惑通り一度拉致して貰った方が都合が良いだろう。
(本拠地までご招待して貰えるかもしれないし、そうでなくとも、この人たちのお話も聞いてあげないとね)
くたりと躰から力を抜き、眠ったフリをする。…狸寝入りなら、お手の物だ。
羽交い締めにした躰にもたれかかれば、…相手はそう大きく自分と体格は違わないようだった。自力では運べないからだろう、<使い魔>らしい毛並みの上に乗せられる。
(…あ、そうだ)
天鵞絨の様な毛並みの感触に場違いに和んでいると、鈴はふと思い出して微かに身じろいだ。
周囲の気配を探り、自分を運んでいる彼らが気付いていない事を確認して、片手で小さく印を結ぶ。
右手首のブレスレットが微かに光を放った事など、誰も気が付かない。ふわ、としゃぼん玉に似た光球がゆっくりと飛んで行った事も。
(下準備完了〜。…それにしてもこの子の毛並み、気持ち良いなぁ〜)
暫し、狸寝入りをしつつ鈴は自分を運ぶ魔獣の背に頬を擦り寄せた。
* * *
一方、此方は生徒会室。
会長机に座って執務をこなす翡翠は、ふと顔を上げた。
「…?」
変わった魔法の気配を感じた気がしたのだが、気のせいだろうか…?
給湯室から紅茶を淹れて戻って来た春音が、窓の外を見て不意に声を上げた。
「…あれ、何だろう?」
「?」
翡翠と、パソコンに向かっていた涼壱も彼の示す窓の外を見やる。…ちなみに、孝雪は何処へ行っているのか不在である。
翡翠が振り返ると、窓の外にふわふわと滞空する小さな光球。淡い光を放つそれは、不思議な動きで生徒会の窓を叩く。
ぱちぱちと瞬いた春音が、しかしそれが普通のしゃぼん玉などではないと思ったのであろう、窓を開けてその玉を部屋の中に入れた。
ふわふわと柔らかい動きでその光球は翡翠の前までやって来て……、パチリと弾けた。
それに目を見張る間もなく、明るい可愛らしい声。
『ちょっと喧嘩を買ってきます〜。心配しないで下さいね』
「…鈴?」
のんびりしたその声を聞き、どうやらあの玉は伝声魔法の類であった事は分かった。
…しかし、その内容は…。
「喧嘩を買ってくる、って……」
心配するに、決まっているではないか。
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