スメラギ
6
「…とにかく鈴は、この前も言ったようにあまり学内で一人にはならないように………、って」
振り向きながら言った翡翠は、ソファーにちょこりと座り直した鈴を見て暫し沈黙した。
…鈴がこの生徒会室にいるという事は、既に単独行動実行済みだという事だ。
お説教の気配を感じた鈴は、こそこそと兄の背に隠れてみる。
椿はきょとりと目を見張り、翡翠は深く細くため息を吐いた。
「……鈴、」
「ひ、一人じゃないですよ? デューイがいましたよ?」
低く落とされた翡翠の声に、椿の背から頭だけ出した鈴は言い訳にしかならない言葉を口にしてみる。
肩に掴まった幼竜が、きゅ?、と不思議そうに鳴いた。
「…今回は何事も無かったようだから良いが……、南棟に立ち入っているという事が大勢に知れたらまた面倒な事になるぞ」
「あう……はい」
彼が心配から怒ってくれているのが分かり、鈴はへちょりと眉を下げた。
…理由は聞いても納得がいかなかったが、自分が翡翠をはじめとする生徒会役員などに近付くのを良しとしない者たちがいる、という事は昼間目一杯友人たち、特に御門から聞かされていた。
だからと言って負ける気はしないし、一応気を配ってはいると言っても、…おそらく翡翠は納得してくれないのだろう。
「…やっぱり、此処に来ちゃダメですか…?」
単独行動禁止ならば、自然とそういう事になってしまう訳で。
寂しそうに呟かれた声に、傍らの椿が鈴の髪を慰めるように撫でた。
「…鈴」
しょぼん、としぼんでしまった鈴に、翡翠も厳しい表情を困ったように緩めた。
ソファーに座った鈴の隣に、もう一度腰を下ろす。
「……俺は、お前が此処へ来てくれる事は嬉しいんだ」
「…翡翠先輩?」
「…でも、お前には危険な目には遭って欲しくない」
「……」
さら、と髪を撫でる手はいつの間にか兄のものから彼のものへ。
鈴が顔を上げると、翡翠は少しだけ痛そうに苦笑していた。
「此処は、歪んでいるから。…お前を無理矢理排除しようとするような輩も、居る」
朝の下駄箱と机を思い出し、鈴は微かに眉を寄せた。
<巻き戻し>でその痕跡は欠片も残っていないが、今朝の事が彼の耳に入ればまた彼を心配させてしまうのだろう。
鈴は暫し考えるように俯き、やがて顔を上げて翡翠の手を取った。
「僕は、大丈夫です」
「しかし、鈴…」
「…近いうちに貴方の愁いも全て、取り除いてみせるから…」
「……鈴」
その言葉に、表情を歪めたのは椿だ。
翡翠の手を握った鈴は、振り返って兄を見上げる。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕を“誰”だと思ってるの?」
そう言って微笑んでみせた鈴に、状況を見守っていた孝雪たちが微かに目を見張る。
意味深な台詞の、しかしその含みを読み取る事は出来ない。
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