スメラギ
理事長室
「…でも、会長さんがしてると普通にアクセサリーとしても綺麗ですね」
思ったそのままを口にすると、前を行く翡翠が立ち止まる。
「…それは、指環を褒めてるのか?」
「いえ、会長さんを褒めてます」
少し困った様に訊いた翡翠ににっこり笑って首を振れば、彼はふいと背を向けた。
怒っている様にも見えるが、襟足まで伸びた髪から覗く耳はほんのりと赤い。
「……、ここは『ありがとう』と言っておくべきか?」
「そうかもしれないですね」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
照れ隠しのように交されるやりとりに、鈴はくすくすと笑う。
いかにも綺麗で格好いいといった風の翡翠が、何だか可愛い。
「……と、此処が理事長室だ」
やや速足で前を行っていた翡翠が立ち止まった。コンパスの違いで小走りになっていた鈴も、少し遅れてその扉の前に足を止める。
「……、すまない」
「…いえ…」
やや息切れしている鈴を見下ろし、翡翠は小さく謝罪した。
体格が小さい鈴のコンパスに、今気が付いたのだろう。気付けなかった原因を作ったのはある意味自分なので、鈴は息を整えながら首を振った。
鈴の呼吸が整うのを待ち、翡翠がその大きな扉をノックする。
「生徒会長の瀧沢です。外部生を連れて来ました」
入りなさい、と穏やかな声。部屋の奥にいるのか、それは少し遠く聞こえた。
カチャ、翡翠が引き戸を開けた瞬間、ぼんやりと扉の大きさを見上げていた鈴にそれは強襲してきた。
「りーんっ! 久しぶりだなぁっ!」
「うひゃぁっ!?」
ムギュッ、──ドサッ!
擬音にするなら、そんな風か。
部屋の奥にいるのだろうと思っていた存在の予想を遥かに逸脱する行動に、翡翠は扉に手をかけたままギョッと目を剥いていた。
内外でもやり手で優秀だと称されるこの学園の理事長は、あろうことか小さな外部生にタックルの如き勢いで抱きついたのだ。
「あはは、鈴、少しは大きくなったか? 近頃はますます律(りつ)に似てきてー、相変わらず可愛いなぁ」
「…痛い…、伯父さん重い……」
でれでれした笑顔で鈴の頭を撫でるこの学園の理事長、灯燈樹(とうどう たつる)に、鈴は顔をしかめながら返した。
「残念ながら、この前会った時と身長は変わってないし。……てか重いから、退いて」
「あれ? 怒ってるのかい、鈴」
「そりゃ怒るよ、不意打ちでこれなんだから」
悪びれた気配がない樹に、鈴は珍しくムッとしながら言った。
体格的にかなり違いのある相手に不意打ちで飛び付かれた鈴は、ご立派な廊下に派手に尻餅をついていた。
お陰で腰は痛いし、乗しかかられて重い。
「…大丈夫か、永峰?」
暫し硬直していた翡翠だが、樹が鈴の上から退くのと同時に我を取り戻した。
未だ廊下に座り込むように尻餅をついたままの鈴に、手を差しのべる。
「多分大丈夫です…、あぁ、ありがとうございます」
鈴はその手を有り難く借りて立ち上がり、ポフポフと服の埃を払う。
一歩その場所から引いた樹は、そのやりとりを見て目を細めた。
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