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セントポーリア
小さなささめき

「うわっ……と、と…」


夏休み気分もまだ抜けきらない、九月のある日。

山積みの資料を抱えた詩織は、崩れそうになったバランスを何とか足を踏ん張らせて堪えた。

…顔の前まで積み上がった資料の山を崩してしまえば、恐ろしい事になるのは目に見えている。

右へ左へ蛇行しながら、何とか資料を崩さないように進む詩織の背に、おそるおそるといったような調子の声がかかる。


「……瀬戸先生? 大丈夫ですか…?」
「んー…?」


聞き覚えのある声だが、生憎バランスを崩しそうで後ろを振り向く事が出来ない。

両手で資料を抱えたまま、詩織はおぼつかない足を止める。


「えっと、ごめん、ちょっと顔が見れなくて…。誰かな?」
「1-Aの相模です」
「あ、相模君か…」


聞き覚えのある声だと思ったのは、詩織が副担任を務めるクラスの生徒だったからか。

一学期、五月の終わり頃に編入してきた特待生の相模雪羽は書道選択でもある。授業態度もしっかりとした優等生だから、教師受けの良い生徒だ。


「ごめんね、何か質問かな…?」
「あ、いえ。…何か大変そうだったから声掛けたんですけど…、大丈夫ですか?」
「あはは、結構大変…かも」


通りかかった年配の教師にたまたま資料を運ぶように頼まれたのだが、一学年分という相当な量で、普段からあまり力仕事をしない詩織にとってはかなりの重労働だった。

力なく笑う詩織に、顔の見えない雪羽が小さく息を吐いた声が聞こえた。


「よかったら手伝いますよ」
「えっ? いいの?」
「特に放課後予定もないので。…こんな先生も放っておけないですし」


そう言うと雪羽は軽く背伸びをして、詩織の腕に積まれていた資料を半分程取った。

塞がれていた視界が開け、少し呆れたような表情をした雪羽の顔が見える。


「あぁ、視界が良くなった」
「……今までよく転びませんでしたね」
「うん、僕もそう思う」


詩織の呟きに、呆れなのか感心なのか雪羽がゆるく首を振って呟いた。

視界をすっかり覆っていた資料を雪羽が半分持ってくれたので、やっと詩織も彼の顔を眺める事が出来る。


「これ、何処に運ぶんですか?」
「社会科資料室。…佐山先生、結構人使い荒いね」
「瀬戸先生は若いから、体力が余ってると思われたんじゃないですか?」
「僕、根っからのインドアなんだけどね」


惣院に勤める教師の中ではかなり若い部類に入るので、年配の社会科教諭の気持ちが分からないでもないが。

けれど若者がみんなアウトドアで体力が有り余っていると思うのなら、大間違いだ。


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あきゅろす。
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