セントポーリア
4
「凄く、渋いですね」
「っ…! 無理して飲まないでもいいよっ、淹れ直してくる…」
「大丈夫ですよ」
彼の湯のみを取り上げようとした詩織をかわし、ソールは渋いお茶を飲み干した。
「……、別に、飲めない味じゃありませんから」
「………」
ごくりと喉を鳴らして飲み干したソールが、ゆるりと口を歪めて笑う。
その表情はとても不味いお茶を飲んだ顔には見えず、彼のポーカーフェイスに詩織はじわじわと不安を覚えた。
…感情を隠すのがこんなに上手い彼だから、本当は自分が迷惑を掛けていたとしても分からないのではないか…?
「み、峰岸君……」
「…そんなに気にする程の事でもないですヨ。春先に生徒会で友達が淹れた紅茶も、相当だったんで」
半泣きな詩織の表情を、そんなに渋いお茶を淹れてしまった事を気にしているのかと思ったのだろう、ソールが苦笑いして湯のみを置いた。
10近くも歳上の詩織の前髪を、慰めるように軽く撫でる。詩織は小さく肩を揺らした。
「…俺だって、お茶汲みなんて慣れてませんし。何でそんなに泣きそうなくらい落ち込むんですか?」
「…だって…」
優しく前髪をなぞる、彼の指が心地好い。
けれど、もしこの光景を誰かに見られたならば何事かと思われるだろう。詩織は緩く首を振って彼の指を外した。
「…、峰岸君、僕が迷惑だったらちゃんと言っていいんだよ…?」
「…ハイ?」
髪を撫でていた指を詩織の眼前に差し出したまま、ソールは澄んだ青い瞳をパチリと瞬かせた。
いきなり何を言い出すのかと詩織に訝しげな視線を向けた後、小さく肩をすくめた。
「…センセイ」
「え? …!」
ペシッ。先程優しく前髪を撫でてくれていた指が、軽い音を立てて詩織の額を弾く。
突然のデコピンに、詩織は額を押さえてぱちぱちと瞳を瞬かせる。
「…バーカ」
「え? …ええっ?」
に、と唇を歪めてニヤリと笑ったソールに、詩織はきょとりとして声をあげた。
バカ、だなんて言葉、生徒に言われたのは初めてだ。
胡桃色の瞳をぱちぱちと瞬かせる詩織の額を、ソールの指先が軽くつつく。
「俺はね、センセイと居るのが楽しいからココに来るんだよ」
「ぁ…」
あまりにもあっさりと、不安がっていた詩織が欲しい言葉を与えてくれた。
ふわりと頬を染めた詩織を見て、ソールが軽く口の端を上げる。
「…、体よく独り占め出来るしね」
「え? 今何て?」
「なんでもナイ。…別に、センセイが不味いお茶を淹れてきても、それはそれで面白いよ」
「ぅ…。れ、練習するもん…」
クスリと笑ったソールに、思わず子供のような口調で返す。
大きくなった笑い声に頬を染めたまま、詩織は次こそ美味しいお茶を淹れてやろうと小さく決意した。
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