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セントポーリア
2

万華鏡が二度と同じ模様を映し出す事がないように、同じように見える字だとしても決して同じ字を書く事はないし、出来ないのだ。

だから詩織は、同じ言葉を何度でも書いて、その中で一番自分の心が現れている物を選ぶ。…尤も、彼の書く作品はどれも自分の心の姿だとして、“失敗作”と称される物も存在しないのだが。

その中の一つを、ソールは迷い無く指差した。

言ってしまっては何だが、心の姿云々というのは詩織の個人的なこだわりであり、素人目にはみんな同じように見えるだろうと自覚しているのだが。


「…どうして?」
「なんか柔らかくて、…一番センセイらしい」
「え…」


そう言ってソールの指差す紙を、改めて他と見比べてみる。

…自分がこの中から良かったものを選ぶとしても、確かにそれを選んだだろう。一番自分らしさを表現する事が出来た作品だと思う。

はっきりとそれを指差したソールに、詩織はぱちりと瞳を瞬かせる。


「……分かるの?」
「ただの、俺の感想。…デショ? センセイ」


優雅な容貌をニヒルに歪ませ笑いながらソールが口にした言葉は、春の日に詩織が言った台詞だ。

何気ない言葉を覚えられていた事になんとなく気恥ずかしさを感じながら、詩織は手にしたままだった筆を置いた。


「そう、だね。…そうだとしたら、峰岸君の感性は、僕に近いのかな」
「…ン?」
「……僕も、この中で選ぶならこれを選ぶからね」


ソールの指差した紙。この中では一番の“お気に入り”を、手にして乾かす為に文机の上により分ける。

気恥ずかしくも嬉しい事に、これは自分だけではなく彼のお気に入りでもあるらしいから。


「…センセイも、それが好き?」
「うん」
「そっか。俺も、」


ソールは其処で一瞬言葉を切り、畳に膝をついて、詩織の胡桃色をじっと覗き込む。


「好き」
「……ぁ、ありがとう……」


じっと真っ直ぐに、澄んだターコイズブルーの瞳が此方を見つめながら言うものだから、何だか妙な気分になってしまう。


「…そんな素直に褒めて貰えると、ちょっと恥ずかしいけど嬉しいな」
「……、そうですか」
「?」


此方を覗いていた、ターコイズの瞳が僅かに揺れる。

それが何処か気落ちしているように見えて、詩織は首を傾げた。


「どうかした?」
「…いえ。……鈍いのか鋭いのか、どっちかにして欲しいよねェ……」
「?」


後半彼は何事か呟いたようだが、この距離でもそれを聞き取る事が出来ずに詩織はきょとんとする。

けれど詩織が疑問を口に出そうとするより先に、不意にソールがニコッと笑う。


「まぁいいや、その方が面白いもんネ?」
「…?」


前後の流れが分からない詩織だが、彼が面白いのなら良かった。


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