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セントポーリア
穏やかに流れる

桜の季節が過ぎて、新緑、梅雨の季節を過ごし、今は陽射し眩しい夏。

相変わらず放課後書道室にふらりと立ち寄るソールの隣で、詩織は墨を擦る。


「今日は何を書くの?」
「うん、ちょっと、頼まれてた書をね…」


詩織は惣院学園で書道の専門教師を務める傍ら、書家としての活動もしている。

若手でそう有名な訳ではないが、教師として学園に雇われる前はそれだけで生活出来る程度には悪くない評判を得ていると思う。

書に向かい、いつもよりも真剣な表情を見せる詩織を、隣に座ったソールがじっと見つめている。


「……そうやって見られてると、ちょっとやりにくいよ」
「見られる為に書いてるんデショ?」
「作品はね」


書家として名前と作品は知られていても、顔まで覚えられている訳ではない。

それにただでさえこの業界では若い方なのに、童顔気味な自分の顔を広めるのは少し嫌だな、と詩織はこっそり思っている。

苦笑した詩織に、微かに瞳を細めたソールが言う。


「センセイキレイだから、顔も知られればもっと売れるんじゃない?」
「…そういう世界じゃないよ。それに、綺麗だなんて峰岸君に言われてもね」


ハーフで元モデルの母を持つという彼にそんな事を言われても、詩織にはお世辞だと聞こえてしまう。

…童顔だという以外、詩織は自らの容姿には自覚が無かった。


「別にお世辞で言ってる訳じゃないんだけどナー」
「またまた…」


詩織の何処か儚げで美しい微笑は、生徒たちの間でも癒し系だと持て囃されているのに、その事実を本人だけは知らない。

苦笑いする詩織に、ソールは軽く肩をすくめた。

詩織がそれを知らないところで、ソールにとって問題はない…寧ろ好都合だ。


「…まぁいいや」


今のところは、独り占め出来てるからね。


「? 何か言った?」
「イヤ、何でも?」
「そう…?」


ニヤリと笑ったソールに瞳を瞬かせながらも、詩織は手を止めてしまった書に向かい直した。

特別急ぐ依頼ではないが、馴染みの顧客なのでなるべく早く満足のいく作品を仕上げたい。

軽く瞼を伏せて気持ちを切り替え、意識を書へと集中させる。

隣にいるソールは静かだ。…彼は、詩織の邪魔をするような真似は本質的にはしない。


「………」


何も言わず、ただ白い紙に己の心をしたためる。

心の赴く儘に何枚かを書き上げ、詩織が一息吐くと、今まで大人しく見守っていたソールが口を開く。


「…それ、いいな」
「え?」
「俺、ソレが好き」


ソールが指差したのは、たった今詩織が書き上げたばかりの作品の一つ。

同じ単語を書き連ねた紙。…けれど、その一つ一つは決して“同じ”ではない。


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あきゅろす。
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