セントポーリア
2
「…そんな事、ほんの少し見ただけで分かるんですか?」
「分かるっていうか…、今のは僕の所感みたいなものかな」
ただ、たった何文字かの字を書く彼を見て感じた事だ。
詩織の個人的な感想に過ぎないが、…芸術科目の評価などそんなものだ。
「癖はあるから、好き嫌いは分かれるかもしれないけど……僕は好きだな、峰岸君の字」
「え…」
ふわりと微笑んで言うと、ソールの碧眼がぱちりと瞬く。
詩織は時計を見上げ、授業の残り時間を確認するとまた教室内を巡り始める。
落書きをする生徒をやんわりと窘めたり、質問があった生徒に答えたり。
…ある意味生徒たちよりもマイペースに授業を監督する詩織を追う碧眼があった事など、当然詩織は知る事もない。
* * *
「……、瀬戸先生」
「…あれ、峰岸君?」
放課後。
誰も居ない書道室でいつものように自分の書と向き合っていると、珍しく生徒の影が入り口に立った。
靴を脱ぎ、素足で畳の上に上がったソールに、詩織はパチリと胡桃色の瞳を瞬かせる。
「どうしたの、忘れ物?」
「…いえ。……先生はいつも、放課後此処に?」
「え? うん。…僕は一応書道部の顧問なんだけど、去年の三年生が卒業しちゃったら残りは所謂幽霊さんばっかりで…。基本的に誰も来ないんだけど、一応活動日は書道室を開けてるよ」
一応四月だという事で新入部員も歓迎しているのだが、こんな開店休業状態の部活では入る気になってくれる新入生もいないようだ。
元より地味な部活なのに、名簿だけの部員たちが誰も顔を出さないのがマイナスポイントなのだろう。
詩織はふにゃりと苦笑いを顔に浮かべる。
「たまーに新入生が覗きに来る事があるけど、大体上がる前に帰っちゃうんだよね。…ずっと僕一人で、ちょっと寂しいなぁ」
「ふぅん…」
相槌を打ったソールは、畳の上、詩織の躰半分程隣に腰を下ろした。
姿勢良く隣で正座をした彼を、詩織は緩く首を傾げながら振り向く。
「…? どうしたの?」
「…いや、先生が寂しいって言ったから、暫く此処にいようカナ、って」
「え?」
ぱちり、胡桃色の丸い双眼が瞬く。
きょとんとした表情をした詩織に、ソールは王子様のような容貌にニッと独特の笑みを浮かべた。
「だって、一人で寂しいんでしょ?」
「う、うん…。でも、大丈夫なの? 峰岸君、何か用事とか…」
「用事があるなら、最初から此処に居るなんて言いませんよ。俺は別に、部活とかもやってないしネ」
クスッと笑ったソールは、すっかり手を止めていた詩織の手元、書きかけの書を覗き込む。
「先生の“字”、見てみたい」
「えっ、あ、うん。じゃあ、書いてるね…」
「うん、隣で見てますから」
放課後、誰かが隣に居るという久しぶりの感覚に戸惑いながら、詩織は紙の上に筆を走らせた。
動揺は字にも如実に現れて、いつもよりほんの少し歪な書になってしまったのは、幸い隣の生徒には気付かれていなかったようだけど。
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