セントポーリア
6
「幸い、寝顔は独り占め出来たみたいですからね」
「え…」
「でも、こんな誰でも出入り出来る書道室で、無防備に寝顔なんて晒しちゃダメだからネ? センセイ?」
一年以上この学園で過ごしているというのに、詩織にはまったく危機感というものが足りていない。
幼い子に言い聞かせるようなソールの口調に、自覚の無い詩織は困ったように首を傾げる。
「…確かにお仕事中に寝ちゃったのはいけなかったけど…、何だか立場が逆になったみたいな注意だね」
自分の方が先生で、彼が生徒なのに。
比較的歳が若いせいか、日頃からどちらかと言うと生徒にはフレンドリーに扱われる詩織だが、今のソールの態度はまるで本当に自分の方が歳下の、宥められる立場になったようだ。
「…アナタがそんなに無防備なのがいけないんだよ」
「え…」
す、と文机から身を起こしたソールが、無防備な詩織の右手を捉える。
そのまま細い顎のラインをもう片方の指先でなぞり、不意の事にぱっちりと見開いている胡桃色を覗き込む。
モデルのように整った彼の容貌が、吐息が触れる程近くに。
やはり、彼はとても綺麗だな、と呑気に詩織が見惚れていると、ターコイズの瞳がふ、と苦笑いした。
「…そういうトコが、無防備なんだよ、アナタは」
これじゃ、噛み付かれても文句は言えない。
囁いたコーラルの唇は、そのまま詩織の唇の上に。
存在を確かめるように微かに重ねられた感触に、ぽかんとしていた詩織は大きく瞳を見張る。
(え……)
「ん…っ!?」
一度目は、軽く触れただけ。けれど二度目は、噛み付かれるようにぱくりと唇を食まれ、詩織は思わず声をあげた。
驚いて躰を捩ろうとすると、右手を捉えていた手が今度は背中に添えられる。体格の良いハーフであるソールの力に、もやしっ子の詩織が敵う筈もない。
「ん…!」
はむ、と柔らかい唇に啄まれる感触に、カァッと頬が熱くなる。
最早抵抗する事すら忘れて口付けの感触に固まっていると、ゆっくりとソールの唇が離れていった。
頭を真っ白にしたまま呆然と彼の綺麗な顔を見上げると、ターコイズブルーの瞳がスッと細められる。
「……ホント、無防備。これじゃ、簡単に襲えちゃうな」
「え……」
「…もっと、危機感持って下さいネ? ココは、オオカミがいっぱいいるんだから」
つん、とさっきまで触れ合っていた唇に、ソールの指先が添えられる。
ぽかんとソールを見上げていた詩織だが、次第に自分がされた事を自覚して顔を真っ赤に染めた。
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